2010年03月12日

バイロン文界の大魔王 第十六章01

 第十六章 バイロンの死

此の不快極まる時に於て、聊かバイロンの心を慰めたるは、公事に関してはグレシアの外債募集の進行の好都合なりとの報道を得たることなり、私事に於ては、久しく音信なかりし姉より其身及びアダの無事の報知を得たることゝなり。之れ一千八百二十四年四月九日なり。
バイロン心大に勇み、天気未だ十分に定まらずと雖、久しく雨の爲めに室内に閉ぢ込まれたるに欝し、此日ガンバ伯と共に乗馬して出遊す。然るに驟雨忽ちに至りて其濡ほす所となる。
家に帰りて二時間の後、バイロン発熱してリウマチス様の疼痛を発す。其夜八時ガンバ伯バイロンの室に至る。バイロン、ソーファの上に横はり甚だ憂欝に沈み居れり。ガンバ伯を見て曰く『余は苦痛に堪へざるなり。死は恐れずと雖、此苦痛は堪ゆべからざるなり』と。
翌朝平常の時間に起床し、事務を見、又た乗馬して外出す、尚ほ神経の異常を感ずるや甚しく、食欲亦た欠損せり。
十一日の夜より再び発熱して病症日に重くなり、医師は種々其法を尽くすと雖、快方に向はざるなり。
十五日バイロン事務を見、又た数通の書状を閲す、其内トルコ軍より来れるものあり、トルコの捕虜を返へしたる其厚意に対する感謝、又た将来の希望を述べたるものなり。バイロン喜ぶ。
十七日に至るも病症依然として良しからず。ガンバ伯足を痛めて歩行すること能はず、爲めに此一両日バイロンを見舞はざりしが、此日方法を設けて漸くバイロンの室に達す。後、時の情状を人に語りて曰く『バイロン余の方を向きて、力なき微かなる音声を以て、余の怪我に就きて親切に語りて曰く「足下の足に注意を加へよ、余は実際経験して、足疾の苦しきものなるを知る」と。余は此言を聴きて萬感胸に迫りてバイロンの傍に居ること能はず、其室を去りて落涙して泣き伏したり』と。此くてガンバ伯も、従僕フレッチャーも、バイロンの病状を見ては、たゞ泣きくづるゝのみなりき。
十八日は「イースター」祭の日なり。軍隊は発砲して此日を歓祝するを例となすと雖、銃はバイロンの神経を興奮せしめ、一層病を重くせんことを恐れ、一指揮官は之を率ゐて遙かの距離に至りて発火せしめたり。又た市街の巡邏は布令して恩人バイロンの爲めに、成らん限り静謐を保たしめたり。
此日午後よりバイロンの病状一層悪くなれり。バイロン初めて其死の近づきつゝあるに心付たり。



○外債募集の進行は聊かバイロンを慰む
○愛する姉より書状到着して大に喜ふ
○バイロンの発熱
○大苦痛
○日々発熱
○事務を執る
○トルコ軍より書状を得
○ガンバ伯バイロンの病を見舞いてバイロンのやさしき親切に泣く
○バイロン死の近きを自覚す
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2010年03月11日

バイロン文界の大魔王 第十五章15

バイロン二月疾病に罹りしより彼は数々眩暈を生じ、神経大に衰弱せり。之れ素より、一箇人の事情、及びグレシアの国事の困難なるものあり、爲めに過度に神心を労したるに由るべしと雖、又た他の原因としては、バイロンの住家は沼地の中央にあり、其のグレシアに来りしより、衣食非常に質素にして、肉食を断ち、日々焼パン、野菜、乾酪、オリーブ油及び小量の酒を使用するに過ぎざる等、これ等は皆身躰を衰弱せしむるものたりしなり。而して是等の種々の原因は複合して、遂にバイロンの死を早めたり。
之れより前殆ど三ヶ月バイロンと共に居りし一米人あり此後バイロンとの対話を出版す、其内に曰く、バイロン曰く、『余はアメリカを愛す、之れ自由の地、神の緑野、圧制を被むらさるの處なり』と。一日某米人にアービングの『スケッチ、ブック』中「恋愛絶望、」の編を読ましめて之を聴く。読みて悲哀の所に至ればバイロン涙を流して曰く、『君、余の泣くことを見るならん、アービングも亦た泣かずして此文を書かざりき。余は世上の艱難に当ては、未だ甞て泣きたること有らずと雖、恋愛の絶望の爲めには常に泣けり。余はアービングを見んと欲す、されども遂に能はざるべし。彼れは実に天才なり。余はアメリカに行かんと欲するの五つの理由あり、一は、アービングを見んが爲めなり。二は米国の壮大なる景色を見んが爲めなり。三はワシントンの墓に参詣せんが爲めなり。四は生ける所の自由を見んが爲めなり。五は君の本国の政府が希臘の独立を認め得ることの爲めなり』と。彼は自由の精霊なり、プロメテウスなり。寤寐にもグレシアの独立を念頭に止め、米国人と談話しては米国がグレシアの独立を認め得るの日を期し、自ら彼国に至りて新グレシアを顕はさんものと想像せしならん。然るに哀れむべし、彼れ此望を達する能はざるの事情となれり。



○神経衰弱す
○アメリカを愛す
○バイロン米人に『スケツチ、ブツク』絶望篇を読ましめて、涙を流す
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2010年03月10日

バイロン文界の大魔王 第十五章14

然りと雖、彼れの一身には日々一箇人的及び金銭上の問題は四方より雲集して、彼れの身心は益々煩悶を増すのみ。且つ独立軍中の党派の分裂は最もバイロンの心を悩ませる所たるなり、殊にマウロコルダート公と、東部グレシアの将士との不和は最も憂慮すべきものにして、バイロン、如何にもして之を調和せんとし、マウロコルダート公と共に、東方将士とサロナに会し、和協して攻撃及び防禦の策を定めんとせり。時に大陸グレシア(モレア半島及び諸島を除く)に於ては総督を置かんとし、バイロンをして総督たらしめんとせり。バイロン答へて曰く『余は先づサロナに至り、然る後、政府の命に従ひて総督ともなり、又は命令せらるゝものともなるべし』と。
此くする内危難は内外より起り、ミソロンギを脅かせり。トルコの艦隊は湾内より来りてミソロンギを封鎖せんとし、モレア人の独立党に対して不満なるものは、トルコ軍の攻撃に内応して蜂起してミソロンギに迫らんとするあり。之に加ふるに三百のスリオート武士等は、已にミソロンギ港要害の地を占領せりとの風説あり。而して一切の商店は閉され、勸工塲は人影だにあるなく、全市寂寞たるに至れり。
バイロンは泰然たり。人々に令して十分に武装を継続せしめたり、されども党派の紛争には堅く中立を守らしめ、以て此の迫り来る危難に面せんとせり。



○バイロン、グレシア諸将の不和を憂ふ
○トルコ軍外より襲ひ来り、スリオート兵内に擾げり
○バイロン確乎たり
タグ:木村鷹太郎
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2010年03月09日

バイロン文界の大魔王 第十五章13

スリオートの傭兵等尚ほ其乱暴を止めざるなり、バイロンの病中にも乱暴してバイロンの心を痛めしめたり。此に於て一般の平和の爲めに彼等を除くの必要あり、バイロンに取りては多少損耗に帰せしと雖、バイロンよりは一ヶ月の給料前金を支払ひ、政府よりは其未払の分を払ひたるより、是等乱暴なる武人等は、皆此都府より退散せり。従てレパント攻撃も亦遂に全く望なきに至れり。
此くバイロンの目的は失敗に帰せしと雖、彼れ再び二箇の企図を立てたり。一は即ちミソロンギの堡壘の修築なり、これ防禦の爲めなり、他は新に軍隊を組織することなり、これ、由て以て最初の目的を達せんとするの方便たりしなり。而して彼れ其健康を回復し、天候亦定まり、而して戦争始まるに及びては、自ら戦場に赴かんことを期せり。
実にバイロンの一生中、此時ほど此くの如く大政治家の資を有せし時はあらざるなり。彼れ革命の中心に来り、イタリアにありし時の如く不断の危険に面し、諸将間の衝突を調和し、自己を以て模範として人道の観念を鼓吹し、募集さるべき外債は、能く国家の財源を啓発するの方法を考窮し、ミソロンギの堡壘は十分に之を修築して敵に備へ、又は印刷上の無制規を制限する等、皆な自ら之を力めたり。此くて其の義侠の名声は彼れの詩人としての栄誉と同じく、又た永久に不滅なるべし。



○スリオート兵の乱暴
○レバント攻撃計画の中止
○バイロン健康の回復と天候の定まるを待つ
○バイロン、大政治家、大軍人、大義侠
タグ:木村鷹太郎
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2010年03月08日

バイロン文界の大魔王 第十五章12

是等の事情は已に十分バイロンの心胸を煩悶せしめ居るなり。之に加ふるに降雨はバイロンをして外出して運動せしめざりしより、バイロンの神経の煩悶は一層其度を加へたり。二月十五日午前八時頃、バイロン、スタンホープの室に於て、一両名と共に談話し居たるに突然頭色変じ来り痙攣して身躰の自由を失ひ、一時非常の事とならんとせり。然るに種々医療を尽くして、殆ど一週間にして、稍々快復して、乗馬して出遊するを得るに至れり。二月二十五日には出版書肆マーレー氏に書状を発せり、之れバイロンがマーレーに與へたる最後のものたりしなり。マーレー氏は書肆なり、されどもバイロンとの交際は久しく、其交情甚だ密にして、互に其内密の事をも明かし居たりしなり。其書状にはバイロン自己の近況、病状及びグレシアの事件等を記るせるものなるが、又た其中に一種可憐なる記事あり。曰く『余はトルコの捕虜男女及び小児等大凡二十八人を放免して、トルコ軍営の所在地パトラス及びプレヴェサに送附せり。然るに其内八歳の少女ありて、余の許に留まることを希望せり。余(若し生命あらば)は此少女と其母とを、イタリア若しくは英国に送り、此少女を余の養女とせんと欲す。少女名をハト、又たはハタゲーと云ふ、甚だ可憐の少女なり。此少女の兄弟は皆グレシア人に由て殺されたれども、此少女は、年甚だ少なるを以て死を免れたるなり』と。バイロンの柔和にして親切なる情見るべきなり。此くの如きは久しく親密に交はりし友人に宛てたる最後の書状なりしぞ、悲しと云ふ可けれ。



○バイロン病み始む
○書肆マーレーに與へたる書
○可憐なる記事
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