2010年03月17日

バイロン文界の大魔王 第十七章01

餘論
 第十七章 バイロンの人物及び文学概評

バイロン此く生き此く死せり。其生活したる年数は僅かに三十六なりしと雖、此短命なる彼の一生に於て、彼れの動作し、彼れの経歴したる所は、極めて変化多きものにして、決して尋常一様の文学者等の伝記の比に非ざるは、余の以上に述べし所を以て知るべし。其天才、其感性、其意志、是等は種々の活動を生じ、又た好みて種々の境遇を経歴せしめ、彼れの一生をして愈々変化多からしめたり。
吾人バイロンの一生を観察するに、彼れは常に『吾れは反対なり』と云ふことを以て題目として言行したるものゝ如し。之を以て其詩の題とし、主旨とせる所のものは、皆「力」のものなり、強きものなり。又た皆自己崇拝にして戦争的に非ざるはなし。故に『アビドスの新婦』『不信者』『海賊』『ラゝ』『パリシナ』『コリンス攻城』『マゼッパ』及び『シロンの囚人』の如き皆此種のものなり。之れ皆バイロン自己の反映なり。
此等を以て我国今日の文学者等の作に対照せよ。我国今日の文学者等は『泣病』にかゝれり。『涙垂れ』疫に犯され居るなり。蟻が死せば泣き、木の葉が落れば泣き、花に泣き、鳥に泣き、人に泣き、世に泣き、女に泣き、男に泣き、其弱々しきこと如何にぞや、今日我国の文学者に強意の人物なきは素より此現象を生ずる大源因なりと雖、亦之れ一種の流行たるなり。嗚呼、何ぞ弱々しきの甚しきや。バイロンの『海賊』を見よ、『パリシナ』を見よ、『アビドスの新婦』を見よ、彼等容易に泣かずして、凛然たる意志を持して如何なる困苦にも面す。而して其泣くに当りてや心の全幅を以てするなり。外面皮相の浅薄の泣啼に非ず、よし会々我国の文学中男子らしき悲壮の言を為すものなきに非ずと雖、其態度心事に至りては、決して真率なるものあるなく、自家の不規律放蕩を以て一身の生計を乱り、而して世間より文学者に向けられたる迫害なりと自称し、自ら欺きて文学上の天才を気取り、時に白々しくも一身の不遇を訴ふるなどのことを為す。而して社会亦其言に欺かれて或は然るかと信ぜんとするあり。而して遂に真の天才なるものあらざるなり。



○変化多きバイロンの生活
○『我は反対なり』の主義
○詩の主人公は苦悶と奮闘の人
○之れバイロンの反映
○日本の文学者等の『泣病』と『涙垂れ』疫
○日本の文学者に強意の人なし
○バイロンの奮闘的人物を見よ
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2010年03月16日

バイロン文界の大魔王 第十六章05

葬式は四月二十二日ミソロンギにて執行せらる。されども単に式のみにして、柩は之を家に持ち帰れり。
或者はバイロンの遺骸は之をミソロンギに葬らんことを請ひ、或者は之をアテーナイのテシウスの神社内に葬らんことを主張せしが、遂に英国に持ち帰りて葬ることに決せり。
五月二日遺骸は英国に送られたり。親戚等遺骸をウエストミンスター寺(古来大人名誉の人の葬りある所)に収めんことを願ひたるも許されず、一千八百二十二年[#1824年の誤り]八月十六日、バイロン家歴代の墓所たるハックノルの村寺に葬る。されども此大詩人の遺躰は長き送葬の列を従へつゝ、徐々に北方に向て進み、古来の大詩人の休める墓地─其墓地の門は、バイロン卿の遺躰に向て拒閉されたる墓地─を後にしつゝ行きしことを思ふときは、吾人は転た感慨無きを得ざるなり。
姉レー夫人碑銘を作る。
バイロンの誄辞を書きたるものは、八方より捧げられ欧洲各国の言語は殆ど無き者あらずと云ふも過言に非ざるなり。其内見事なるものはバウルス氏の誄辞なり。曰く

『此くチャイルド、ハロルドの最後の旅行は終りたり。
グレシアの海岸に彼れ立ちて|呼《よば》ふらく、「自由よ」と。
而して世々に名高き其海岸
スパルタの森及び巌山等は答ふらく「自由よ」と。
然るに彼れの側なる幽霊は、
嘲けりつゝ立ちて其矢を弓に番ひて彼を射れり。
彼れ尚ほ壮なる年に於て斃れたり。
スパルタ。汝の巌山は他の叫を聞けり。
而して古しのイリッソスは嘆息す─「死せ、寛大なる追放人、死せ」。』



○遺體は英国に送る
○英国はバイロンをウエストミンスター寺院に葬ることを許さず
○ハツクノルの歴代の墓所に葬る
○パウルス氏の訣辞
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2010年03月15日

バイロン文界の大魔王 第十六章04

大佐スタンホープは時にサロナに在り。バイロンの訃音に接して嘆じて曰く『英国は其最も光輝ある天才の士を失へり、グレシアは其最も高尚なる友を失へり。バイロン假令欠点を有したりとも、又た十分之を償ふの徳を有せり。彼れは圧抑を被れる国民の爲めに其慰楽、財産、健康及び生命を供けたり。彼れの記憶は名誉を以て敬せざる可からず』と。
トレローネー曰く『余はミソロンギに来らんとして途中に人に、ミソロンギの状況を問ふ。聞く所はたゞ「バイロンは死せり」とのみなり。余は悲哀に沈みて路を進めり。……世界は最大の人物を失ひたり。余は最上の親友を失ひたり』と。
従僕フレッチャー、及びチタ等は、寧ろバイロンを以て主人と思はんよりも父の如く思ひ居たり。其悲哀や父の死の如し。
バイロンの病中武器を以て彼に給料を要請せしスリオートの傭兵等も、バイロンの死後三日にして彼の柩前に来り真情の熱涙を注ぎて泣けり。
トレローネー、バイロンの名の偉大なる勢力を云ふて曰く『余思ふにバイロンの名は、外債を募集するにも偉大なる勢力を有したりしなり。マーシャルなる人あり毎年八千磅づゝ払込まんとしてコルフまで来りしと雖、バイロンの死を聞きて帰り去れり。数千の人民は集まり来り、或者はコルフまで来りしが、バイロンの死を聞きて曰く「我等は我等の財産をグレシアに托せんと欲せず、又は独立運動其物に利害の心を以てするに非ず、只だ高貴の詩人の爲めに尽くさんと欲するのみ」と。帰り去れり』と。
パリー(友人)も亦記して曰く『余のツァンテに在りし時一紳士ありて余を訪問して、バイロンに関して精密なる質問を為し且つ曰く「余はアンコナに在る十四人の英人の一なり。今ま遣はされてバイロンの状況を聞き、帰り報じてバイロンの下に働かんとするなり。吾等はバイロンの護身騎兵隊を組織し、我等の勤務と収入とをグレシア独立の爲めに捧げんとす」と。されどもバイロンの死を聞きて彼等亦去れり。』



○スタンホープの悼惜
○人々の言ふ所は『バイロン死せり』の語なるのみ
○トレローネーの哀悼
○世界は最大の人物を失へり
○十僕バイロンの死は父を失ふが如く感ぜり
○スリオート傭兵亦棺前に来りて啼泣す
○義勇兵及び外債募集に於けるバイロンの名望
○人々グレシアに尽くさんとするに非ず、バイロンに尽くすなり
○バイロン死して義勇兵も去る
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2010年03月14日

バイロン文界の大魔王 第十六章03

嗚呼ドン、フアンたり、又たサルダナパルスたりしバイロン、今や異郷の軍中に死す。優しき女子の、傍に在りて看護するものなく、涙を流すものもなしと雖、偉大なる心情を有せる憂国の志士は、真率、純潔なる熱涙を流したり。彼の周囲には或は英語、或は仏語、或はイタリア語、或はグレシア語を語る人々のみにして、互に言語通ぜず、たゞ眼と眼とを見合せて悲哀の情を語るあるのみ。
バイロン死せり。ミソロンギの人民の悲哀は直に全欧洲に拡まりたり。
回顧すれば曩にバイロンのグレシアに来るや、威風堂々、赫々たる英名は其身辺に光輝を放ち、一度其強力なる天才の触るゝに於ては、成功必ず可しと信ぜられしに、凡て皆な一夜の夢と消え去りたり。
実にバイロンがグレシアに来りしは、グレシアの栄誉なり。其死するの前夜市街に群集せる人々は、皆なバイロンの容躰如何を問ふ。而して其死するの時雷鳴ありしかば、人皆之を以て『偉人の死』の徴候なりとせり。
マウロコルダート公は、バイロンの死は、グレシアに取りて最も痛はしきものなるを知れり。其国家の爲め、又た其自身の爲めの無二の良友を失ひたる二重の悲哀を感じ十九日の夜、悲しむべき布令を発してバイロンを惜しむの情を述べ且つ令して曰く

第一條、明朝大砲台より三十七発の大砲を放つべし、之れ高貴の死者の年齢たるなり。
第二條、一切諸官署は勿論、裁判所をも、三日間罷休すべし
第三條、商家は食品店及び医薬店を除くの外は尽く休業閉店すべし。諸興業、音楽及びイースター祭の諸行事は厳重に之を禁ず
第四條、国民喪は二十一日間務むべし。
第五條、祈祷及び葬礼儀式等は凡ての寺院にて行はるべし。
一千八百二十四年四月十八日ミソロンギに於て

ア、マウロコルダート
書記 ジヨルジ、プライヂス


グレシア全国皆な此くの如くなせり。ガンバ伯曰く『バイロン此く異郷に死す。然りと雖人皆誠実に彼を愛し、誠実に彼を悲しみたり。此くの如きは敬畏と熱心との合したる愛情にして、能く其四周の人々を感化し、彼れの爲めとし云はゞ、吾等をして如何なる危難をも辞せざるに至らしめたり』と。



○優さしき『女子』の傍に在つて『看護』するもなし
○死の床の周囲
○マウルコルダート公の悼惜
○バイロン吊悼の布令
○三十七の発砲
○諸官衛の罷休
○興業音楽の禁遇
○国民喪二十一日
○グレシア人の哀悼
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2010年03月13日

バイロン文界の大魔王 第十六章02

医師ミリンゲン、従僕フレッチャー及びチタ等バイロンの床側にありしが、悲哀に堪へずして室を出て涙にむせびたり。チタはバイロン其手を取れるを以て室を出づること能はず面を背けて涙を押へたり。
此くする内バイロンは言を始め高声に談話し、宛もレパントを攻撃するの夢想を有せるものゝ如く、半ば英語、半ばイタリア語を以て『進め──進め──勇気──我に習て進め』と叫べり。
後暫時常に帰りて一二の語を発し、側に立てるフレッチャーに向て曰く『汝及びチタは、日夜我側にありて看護したれば、必ず疲れたるならん、我之を感謝す』と。嗚呼バイロンの人を愛しいたはる、何ぞ其情の貴きや。
バイロンの死は愈々近づけり。フレッチャー遺言を記るさんが爲め筆紙を持ち来らんかを問ふ。バイロン曰く『否々、時なし、時已に過ぎたり。我姉に行き──話せ。バイロン夫人に行き、面会して話せ──』と。
此に言語暫く中止し、後又た殆ど二十分間低声にて独語せり。其調子たるや極めて熱心なるが如しと雖、言語不明瞭にして他人には解すべからず、たゞ時々、『オゝガスタ』『アダ』『ホッブハウス』『キンネアード』(友人)等の名を解すべきのみ。而して終りに『余は凡て言ひ終りたり』と。フレッチャー曰く『余は閣下の言を了解せざるなり』とバイロン殆ど苦しめる容貌を以て云ふて曰く『了解せずと云ふか。嗚呼。已に晩し』と。フレッチャー曰く『否、然れとも神意は成されたり。』バイロン曰く『然り。然りと雖余の意は成されざるなり。』其語数語を発せんとせしと雖、言語不明瞭にして、たゞ『我姉』『我子』等の語の聴へしのみなり。
其後数度の間断を以て彼れ曰く『憐れむべきグレシア、──憐れむべき都府、─我が憐れむべき従者』『余は何故に此事を今少し早く悟らざりしならん。』『余は終は来れり。死は厭ふ所に非ずと雖、此地に来るの前、何故に一度英国に帰らざりしならん』と、又たグレシアに就て云ふて曰く『余はグレシアの爲めには、我が物、我が時、我健康を與へたり。今や又た我生命をも與ふ。此他余は何をか為し得ん』と。
此日夕六時に至り、バイロン『余は寝らん』と云ひつゝ彼等に向きて眠りたり。嗚呼これ再び覚めざるの眠りなり。此後二十四時間運動も、感覚もなくしてバイロン横はり、たゞ時々窒息するが如き呼吸をなせしのみ。翌十九日朝六時十五分バイロン一度眼を開きて、又た直に之を閉せり。医師其脈を診せしに已に終れり。



○病床訪問者皆な暗涙にむせぶ
○バイロンうは言を為す
○レバント攻撃の夢
○バイロン看護人の疲労をいたはる
○死愈々近づけり
○遺言を問ふ
○『我姉、我女』
○尚ほグレシアを思ふ
○バイロン眠る─死す
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