2010年03月22日

バイロン文界の大魔王 第十七章06

トーマス、ムーアがバイロンの伝記を出版したるの時、マコレー之を評して曰く、『バイロンは十九世紀の英国中、最も有名なる人物なり』と。彼れ又た外国を感奮興起せしめたること少なからず。ゲーテの如きすら、大にバイロンに感化されたる所あり。哲学者ショペンハワー亦バイロンを愛読せり。詩人ハイネは独逸バイロンと称せられたり。バイロン又た独逸の革命的気運を助け、或はイタリアに独立の刺撃を與へたり。又其詩に由てイスパニアの既往の栄華を吊ひたるより、カステラー氏感謝の意を表して曰く『イスパニアはバイロンに負ふ所少なからず、彼の口よりは希望と畏れの情来る、彼れ其血を以て吾人を洗礼せり。又た誰か彼の歌を其精神中に織り込まざるものあらんや。彼の一生は実に吾人の墓の葬燈なり』と。バイロン又たイタリアに尽したるや甚だ多し。夫の愛国者たるマッヂニ、亦たイタリーに就いてカステラーと同一の語を為せり。バイロン東洋に友を有す、彼れ印度ベンゴールの者バイロンを愛読して殆んど暗記せりと云ふ。
バイロンが世人に向て如何なる印象を與へたるやを見るは、又た最も興味あることゝなす。英、仏、独、伊、葡等の諸国に於て、バイロンの人物に就き、又た其の詩に就きて種々の人物等に比較さるゝを見るに、曰く──ルッソー、ゲーテ、ヤング、アレチン、アテーナイのチモン、ダーンテ、ペトラルカ、臘石の器物中に火を点じたるもの、サタン、大天使、シェークスピーア、ボナパルト、チベリウス、エスキロス、プロメテオス、ソフオクレース、エウリピデース、ハルレン、滑稽子、ステンホルド、ホプキンス、幻燈景色、鷲、ヘンリー八世、シェニエー、ミラボー、小学校生徒、ミカエルアンジェロ、ラファエル、ヂオゲネース、チャイルドハロルド、ラゝ、『ベッポ』中なる伯爵の君、ミルトン、ポープ、ドライデン、バーンス、サヱーヂ、チャッタートン、詩人チャーチル、俳優キーン、アルフィエリ、ドンファン、コンラッド、マンフレッド、サルダナパルス、雷霆、地震、暴風、火炎等、──バイロン実に是等に比較さるゝなり。其人物の多様多種なる見るべきなり。而して皆なこれ一種の『キャラクター』あるものに非ざるはなし。



○バイロンは外国人に非常の感化を與ふ
○ゲーテ
○ショペンハワー
○カステラー
○マツチニ
○バイロンの種々の異名
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2010年03月21日

バイロン文界の大魔王 第十七章05

『余は英国人等の批評は心に介せざるなり。彼等若し余の詩を以て愉快なりとせば、余は彼等の好む所に任かすのみ。余は彼等の好む所、彼等の誇る所に阿ることを為さず。余は「婦女子の読みもの」或は「俗物」の読みものを書かんとは為さゞるなり。余は余の全心を以て、全感情を以て、全意志を以て、又た多くの精神を以て、書けるなり。決して彼等の柔さしき声を聞かんが爲めに非ず』と。
其精神此くの如し。之を以てバイロンの一語一句は尽く呼吸せり。又た其思想は火焔の如し。よしや言語精ならず、字句或は撰ばずと雖、これ英国人のみの云ふ所にして、吾人の主とする所は彼の詩人たるの思想に在り。言語は時に由り国に由て変化あらん、然りと雖思想は普遍にして永久に続くべし。思想或は時勢に由て解すべからざるに至ることあらん、然りと雖彼の確乎たる真率なる『人物』に至ては永久に不死なるべし。
実にバイロンが全欧洲の嗜好感情及び知性上に及ぼしたる勢力は非常なるものにして、一度『チヤイルド、ハロルド』を著はせし以来、其名声赫々として現今に至るとも衰ふることなく以後亦減退すべしとも思はれず、却て増加するの勢あり。而て他の当時の詩人等は、僅に英国内に其読者を有するのみなりと雖、スコツト、及びバイロンの両人は、全欧洲の大陸にまでも多くの読者及び崇拝者を有せり。而して英国の文学が欧洲大陸に知らるゝに至りしは、全くバイロンの力にして、英国文学の名声のバイロンに負ふこと亦僅少に非るなり。
バイロン人後に立つことを好まず、自ら期する所は韻文界の大ナポレオンたるに有り。而て彼の願ひたる如く之を得て、世界に有名なる人物と為れり。其文学上の成功に至ては、光輝赫灼として一世ナポレオンの栄盛に異らず、只だ其事業の範囲を異にせるのみ。一は政治界に雄飛し、他は文学界に北斗たり。彼等の為せし功業遺烈、及び精神上に與へたる感化は、十九世紀の政治史及び文学史上に昭々たり。人若しバイロンに接し、或はバイロンを読みたるときは、彼れバイロンを愛すると悪むとを問はず、必ず一種の深き感動の印象を脳裏に残留せざる者なし。反対詩人ロバート、サウゼーはバイロンを以て悪魔の化身となし、ギッチヨリ夫人は大天使なりと謂ひ、テインは当時詩人の絶頂に達したるものなりとなし、ゲーテはシエクスピーア以後の一等詩人なりとし、言を極めて称揚せり。殊にゲーテの養女の如きは大にバイロンを崇拝し、ゲーテよりも上なりとせり。



○婦女子及び俗人の読みものを作らず
○自己の感情精神を発表す
○バイロンの思想は火焔の如し
○一語一句は尽く呼吸す
○バイロンの『人物』は永久不死
○全欧州に読まるゝ詩人はバイロンとスコット
○詩界のナポレオン
○バイロンは読者に必ず一種の印象を與ふ
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2010年03月20日

バイロン文界の大魔王 第十七章04

バイロンはゲーテと同様の性質を有す。ゲーテの性質は小世界的にして、両極端を有するなり、『自己を尊大なるものと信じ、獅子の威厳を保ち、鹿の敏捷を有し、イタリーの中心に跳る所の熱情あり、之と同時に北地の剛毅不屈の気象を存し。高尚なる志想には下等なる情を結合し。青年の熱情を以て恋愛し、之と同時に冷淡なる道理の教示に従ひ─此くて両々其反対を調和せよ』(ファウスト)と。これゲーテの主義とする所なり、バイロン亦之と同じきものあり。甞てバーンスの遺稿を見て曰く『バーンズは両反対の心情を有せり─柔和と粗剛─緻密と粗略─精神的にして又た肉情的なり─高上的にして又た匍匐的なり、─神聖なるあり不浄なるありし皆相互ひに混合せり』と。バイロン亦此の如し。凡そ俊傑と称せらるゝものは大抵皆これなり。バイロン金銭に関し、或は精細なるあり或は寛大なるあり、海に出てゝ風浪激しく舟人皆戦慄せりと雖、彼れ能く独り甲板に安眠す。然りと雖其乗馬するや注意至らざる所なし。彼れ迷信を笑ふと雖、尚迷想する所あり。高尚なるあり卑猥なるあり。朋友に信あり、家僕に愛せられ、儕輩に対しては忍耐寛容に過ぐると雖、敵に対しては一歩も借す所有らざるなり。
詩人としての位置に付き、ドクトル、エルツはバイロンを以て英国四大詩人の一となす。それ然り、然りと雖バイロンの詩や、決して顕微鏡的に字句の妙あるに非るなり。もし大詩の大詩たる所は言語字句のみにありとせば、バイロン或は小詩人なるべし。バイロンの詩を作るや、思を練り、精を凝らし、長々と日月を費やし、役々として汗に流して為すに非ず。只其天才の撥動に従ふあるのみ。其ヴェネチアに在りし時、マーレーに宛てたる書中に曰く、『足下及びフオスコロ君は、余に大作なるものを為さんことを勸むとかや。恐くは之れ叙事詩の如きピラミツド的のものを云へるならん。然りと雖余は労力多きことを好まず。七年或は八年を要すと云ふが如きは余の為さゞる所なり。若し人時日を最も善く用ゐずして、汗を流がして詩を作るが如きならんには、其人は詩人よりも土方となるを当然となす、之れ甚だ多く汗を流すものなればなり、「チヤイルド、ハロルド」の如き、短時日の間に成りしものは、足下等価値なしとするか。耗り減らし、疲れ切ツたる器械を運転して作りたる詩に非ざれば、価値なき詩と云はざるべからざるか。余は「チヤイルド、ハロルド」三齣を引き延ばして二十齣となすこと能はざるに非ず。若し余にして書物製造の意あらんには、其内に含める種々の感情を、一々ドラマに組み立て得ざるに非ず。足下等若し「長き」ものを好まば、余の「ドン、フアン」は五十齣となる予定なるを以て、十分満足なるべし。



○バイロンとゲーテと
○バイロンとバーンス
○バイロン高卑の性質の両端
○英国四大詩人の一
○バイロンは顕微鏡的の妙に非ず
○大作と土方
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2010年03月19日

バイロン文界の大魔王 第十七章03

バイロンは其性過激にして、若しくは善若しくは悪其極端を行ふて一世を驚動する者を以て真人なりとなす。若しカーライルの云へる如く真率なるを以て英雄とせば。バイロンは確かに一箇の英雄として待遇せらるべきなり。然るにカーライルはバイロンを善言せざるは独り何ぞや。而て曰く『汝のバイロンを閉ぢ、汝のゲーテを繙け』と。我れカーライルの言の如くゲーテを繙かんか、ゲーテ何をか云ふ。『バイロンを読め』とは之れゲーテの言に非ずや。然らばカーライルの言は遂に消滅に帰すべきものなり。ゲーテが如何にバイロンを称揚するやを見よ。彼れがエッケルマンに英語を学ばんことを勸めたるとは、果してこれ何が故なるぞ。只だバイロンの名作たる『カイン』篇を読ましめん爲めなるのみ。而て曰く『此偉大なる人物は吾人已前に無き所にして又た此後とても有らざるべし─古来未曾有空前絶後。「カイン」の美は世上又た之に次ぐもの無し。バイロン宛も海波中より出づるが如く常に新鮮なり。余は彼にヘレナの愛の紀念を呈せんと欲す。余は現世紀の代表者となすべき者は彼を措ひて他に有らざるへしと信ず、彼れ実に現世紀の至大なる俊傑たるや疑ふべからず』と。又た曰く『バイロンは実にレバノン山の松柏を灰燼にするの火箒なり英人如何に彼を評するとも可なり、到底彼に比すべき詩人を今此處に指出すること能はざる可し』と。エツケルマン又た問て曰く『バイロンには純潔なる教化的のものあるや』と。ゲーテ答て曰く『余は汝の言に反す。何となればバイロンの剛膽にして雄大なるは実に教化的に傾向すればなり。吾人は常に純潔或は道徳等を意に介することを要せず。凡そ雄大にして堂々たる所のものは之を知ると同時に必ず教化的に向はしむるものなり』と、ゲーテは尚美的道徳の主義に由れり。よくバイロンを評するものと云ふべし。大人に非れば大人を知ることを得ずゲーテにして初めて能くバイロンを見るを得べし。小批評家小道徳家等のよく知る所に非るなり。



○極端
○ゲーテの言を極めてバイロンを称揚す
○ゲーテ一独逸人をして、バイロンを読まんが爲めに英語を学ばしむ
○『バイロンは空前絶後の人物』
○『バイロンは常に新鮮なり』
○『レバノンの松柏を灰燼にするの火箒』
○『バイロンの剛膽雄大なるは人を教化して高尚にす』
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2010年03月18日

バイロン文界の大魔王 第十七章02

バイロンの人物及び其詩は、皆真率にして切実なり。故に其の詩は活々として物見る如く情真に迫れり。暴動破船海賊或は激怒の顔等を書き。之に対照するに天使の如き美麗婉夭なる女子を以てし、之に加ふるに|魔《マヨハ》すばかりの景色を以てす。アルプスの山色、地中海の金波、グレシアの日光、トルコの樹蔭等、現として吾人の眼前に浮び出づるなり。
此くて吾人をして此等の景色中に住するが如きの情を感ぜしむ。何となれば、彼れ其記する所の感情を実知すればなり。彼れアリパシヤの「テント」に在て具さに海洋の辛苦を甞め、野蛮の所作を味へり。彼れの死に面したる其幾度なるや数ふべからず。モレアに於ては独り寂寞として熱症に罹り。或はスリアに難船し、マルタ、英国、伊太利にては決闘の危きに面し、或は一揆の暴動に與みし不意の襲撃を試み、或は海上に、或は馬上に、兵器、暗殺、負傷、或は苦悶等の自己に接近せるを見たること夥しかりしなり。而して彼の詩は全く自己の実験に基きたるものなるが故に人心に感応するや真実的にして決して空想に非るなり。又た其批評の鋭利なるに至ては、或は一箇の哲学者と見做すも可なるなり。



○激烈強意の男子と天使の如き美しき女子
○美しき景色
○バイロン種々の境遇の実地を知る
○軍陣、難船
○狙撃
タグ:木村鷹太郎
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