2007年12月21日

『短編バイロン詩集』07離別

※第八『愛の最後の別れ』はすべて欠けています。


  第七、離別

  (一)

愛らしき乙女!御身の殘せし接吻は、
一層幸福なる月日の、此賜物を、
汚さずに御身の唇に返すまで、
決して我が唇を離れざるべし。

  (二)

優しく光りし御身の離別の目眸まなざしは、
均しく切なる愛を見らるべく、
御身の目瞼まぶたより流るゝ熱き涙は、
我に變る勿れと泣き得るなり。

  (三)

我は、獨り思を惱まして、
我を幸福にする誓約を求めず、
又は、御身のことのみを思ひ居る、
胸の爲めに一の記念物も願はず。

  (四)

我は又書くを要せず──此話を記するには、
我が筆餘りに弱かりき、
あゝ!此眞情こゝろは語り得ずば、
如何で無益の言葉は効あらんや。

  (五)

あゝ雨の晨、風の夜、
喜ばしき時、悲しき時、
まゝならぬ悶々の戀を懷いて、我は、
沈默の苦痛を甞めざるべからず。
御身故、



底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』31コマ〜


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2007年12月22日

『短編バイロン詩集』09妄想(ローマンス)

  第九、妄想(ローマンス)

  (一)

華やかなる黄金の夢の親にも似たる妄想ローマンス
信仰厚き幾多少年少女の一隊を、
空幻の歡喜の中に導くなる、
果敢なき喜ひの幸榮ある女王、
我は遂に呪文に迷されずに、
我が春青の拘束を破る、
我は最早神秘なる御身の常路を踏まず、
御身の邦土は眞理のそれに更へたり。

  (二)

されど無邪氣なる心に絶えず訪づる、
その嬉しき夢は尚ほ棄つるに難し、
あらゆる妖精は美しき女神に見え、
その目は無限の光を通じて轉ず、
然かも想像ファンシーはその無涯の領土を保ちて、
万物万象雜多の色彩を帶ぶ、
斯くして處女はあだなるものならず、
且つ婦女の微笑さへ眞實なるに至る。

  (三)

我等は御身を只だ空名に過ぎずとなし、
雲霧の樓閣より徒らに降らざるべからざるか、
あらゆる婦人、あらゆる朋友より、
一の美婦スルフ、一の親友ピーラデスを見出し能はざるや、
さはれ直ちに空幻の御身の邦土を、
種々なる妖魔の一群に殘さんとするか、
婦女は美なるが如く處假にして、
朋友は只だ自利のみを計ると認むるや。

  (四)

耻かしけれど我は御身の權勢を感ぜりと自白し、
悔恨者シペンタントよ、今や御身の治世は過ぎたり、
最早御身の訓戒に我從はず、
最早想像の意見に※翔せず、
さても憐れなる愚人よ、
閃々たる目を愛して眞理に尊しと考へ、
はかなき淫奔者の嘆息を信じて、
冷き其涙の下に心を溶かすとは何事ぞや!

(※は「皐+栩のつくり」の「白」に代えて「自」、第3水準1-90-35、翺)

  (五)

妄想ローマンス!譎詐故厭ふて、
虚飾アヘクテーシヨンの坐する處、
多病なる實感センスビリチーの居る處なる、
雜駁なる御身の宮庭より遠く我去らん、
力なき涙は只だ御身以外、
何等の苦痛にも流さず、
華美なる御身の堂社を露に濡さんが爲、
眞の悲哀を顧ざるものは我れ好まず。

  (六)

今や、松柏を冠し雜草を身に纒ひ、
御身と共に眞の嘆聲を揚げ、
あらゆる胸の爲めにその心情を痛むる、
幽暗の同情シンパシーと我は合同し、
嘗ては均しき熱火輝き得しも、
今や御身の玉坐の前に屈し能はざる、
永却とはきし白鳥を吊せんが爲め、
我は御身森林の歌女の一隊を呼ばん。

  (七)

如何なる場合にも、直ちに、美しき涙を流し、
想像の情火と狂へる熱火を以て、
空幻の恐怖に胸に浪立たする、
御身温雅なる乙女ニンフ等よ、
優しき御身の隊伍より背ける我が虚名を、
いとしと思ふて嘆げき給ふや如何に、
無邪氣なる詩人は、せめて、御身より、
同情に富める歌の一節をもとめん、

  (八)

さらば、愛らしき人々よ、これが長き別れぞよ、
運命の期は間近く徘徊しつゝあり、
御身の悲まずに横はらざるべからざる、
恐ろしの深淵は今早や目前にあり、
忘却の暗碧の太洋は御身の制し得ざる、
暴風に荒されて目下に見ゆるなり、
あゝ悲しい哉、御身と御身の優しき女皇は、
共に/\其處に死滅せざるべからざるぞ!



底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』34コマ〜
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2007年12月23日

『短編バイロン詩集』10彼女は美に於て歩む

  第十、彼女は美に於て歩む

  (一)

雲無き邦國、星多き天空の
麗はしき夜の如く、彼女かれは美に於て歩む、
而して明暗の最善なる万物は、
彼女の容貌と彼女の目に會し、
斯くして天の祝日に拒むなる、
その優しき光明に融合するなり。

  (二)

一の影は一層多く、一の光は一層少く、
漆の如くKき凡ての毛髮に波立て、
又は彼女の顏を軟かに輝やかし、
無名の美容を半ば傷けぬ、
そこは、清明なる思想の、その住所の、
如何に純潔至愛なるを現はす處なり、

  (三)

婉妖なる微笑、輝く色は、
美しき其頬及其額の上にありて、
軟かに靜やかに然かも有辯なり、
されど善良なる過去の月日を語る。
あゝ、下界の万物と平和なる心、
愛の天眞無垢なる情緒!

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』38コマ〜
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2007年12月24日

『短編バイロン詩集』11我は快活なる小児たりしを願ふ

  第十一、我は快活なる小兒たりしを願ふ

  (一)

我は尚ほ山地ハイランドの岩窟に住み、
又は物凄き荒野を彷徨ひ、
或は恐ろしき暗碧の浪濤を横る、
快活なる小兒たりしを願ふ、
巍峩たる山岳の邊を喜び、
激浪奔騰する峭崖を愛する、
※儻不覊なる自主自由の精神には、
浮華なる低地ローランドの裝飾ふさはしからず、

(※は「にんべん+蜩のつくり」、第4水準2-1-59、倜)

  (二)

あゝ運命よ、此等文化の邦土を元とに歸し、
華美に響く此名稱を取戻せ!
我は卑屈淺薄なる人工を厭ひ、
權威に阿附する奴隸を惡む、
澎湃たる太洋の荒波轟く、
千山万嶽の中に獨り我を置け、
我は只だ昔我が若かりし時知れる、
懷かしき光景の中を再び彷はんことを欲す、

  (三)

我が生年は僅少なれど猶ほ我は、
此世界は我が爲めに設けられざりしを知る、
あゝ幾多暗Kなる陰影は、
何故に避くべからざる人の死期をす隱すぞや、
我は嘗て祝福多き空幻の光景──
一種壯麗なる夢を見たり、
あゝ眞理!何故に御身の憎まれし光は、かゝる、僞善多き世に我を起せしぞよ。

  (四)

我は愛せり──されど我が愛せしものは行けり、
友を持てども──我が幼時の友は去れり、
あらゆる既往の望みの過ぎし時、
あゝ此胸の淋しさや如何ならん!
例令酒宴の華美なる儕輩ともや、
只だ一時不快の念を散ずるとは云へ、
例令快樂は狂へる心をき亂すとは云へ、
あゝ此胸や──此胸や──尚ほ寂寥たり、

  (五)

權威、富貴、爵位によりて、
只だ友にもあらず、敵にもあらざる、
宴樂の侶伴を造りし人々の聲を聞くべく、
あゝ果して如何にものうきことぞや、
歳月により感情により變ぜざる、
忠實なる僅少の人を再び我に與へよ、
斯くして我は夜半の友と、
喧噪の樂しみの只だ空名なる處を飛び去らん。

  (六)

婦女、愛らしく美しき婦女!
我が希望、我が慰藉我が最愛なる御身!
たとへ嬌艶なる御身の微笑は失神に更りしとて、
今や我が胸は如何に冷やかなるべき!
徳操の知る、又は知れる如き靜やかなる、
胸の平和滿足を得んが爲に我は、
些の嘆き些の憾みなしに、
此悲哀多く雜閙せる處を棄てん。

  (七)

我は欣然として、人々の巣窟を去らん──
我は人類を憎まず、只だ避けんことを望む、
我は陰暗なる谿谷を要す、
その幽闇は我が陰鬱なる心にふさはしかるべし、
あゝ!斑鳩ハトをその巣に擔ふ、
羽翼を我に與へられしならば!
あゝ我は蒼々たる天空を劈ざき、
飛揚し※翔して懷かしき平和に於てあらん。



(※は「皐+栩のつくり」の「白」に代えて「自」、第3水準1-90-35、翺)

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』39コマ〜
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2007年12月25日

『短編バイロン詩集』12嗚呼、それ等の為めに泣け

  第十二、嗚呼、それ等の爲めに泣け

  (一)

あゝ!バベルの流れによりて嘆かれたる其等の爲めに泣け、
その殿堂は廢頽し、その邦土は夢と消えぬ、
あゝ猶太の斷破せし竪琴の爲めに泣け、
悲哉彼等の神の居ませし處に今や無神者は往せり!

  (二)

あゝ何處にかイスラエル人は血にまみれし足を洗ふぞや、
何れの時かジオンの歌は再び温佳に聞ゆべき?
あゝ猶太の好調は、その嚠喨の聲音に
躍りし心情を再び喜ばしめ得べきや。

  (三)

あはれ、天涯に飃泊する顛沛流離の人々や、
如何にして御身等は自由を得、平和を得べき!
野の鳩は其巣を有し、狐は其窟を持ち、
人類は各其邦國を保てり!
あゝ/\されどイスラエル人には只だ幽暗の墳墓あるのみ!




(三)顛は「眞+頁」、第3水準1-94-3、顚。

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』42コマ〜
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