2007年12月09日

『短編バイロン詩集』02恋愛の接吻

  第二、戀愛の接吻

  (一)

痴愚の織り出せる虚僞の織物なる、
淺薄なる小説の假想荒誕を去れ!
我に眞情を語る優しき一瞥か又は、
戀愛の最初のキツスに宿る無限の喜びを與へよ。

  (二)

架構空想に燃ゆる胸を有し、
小林狹野にふさはしき──邊僻の感情を懷ける小詩人、
御身甞て甘き戀愛の最初のキツスを味ひしならば、
あゝ如何に幸多き感興インスピレーシヨンより御身の詩歌は流れ出づるならん!

  (三)

若しやアポローその幇助を拒み、
詩神御身の務を棄てられしとも、
彼等に祈願せず潔くミユーズに訣別を告げて、
戀愛の最初のキツスの効果を試みよ。

  (四)

例令謹愼者我を罪し、迷執家我を非難するとて、
我は汝技巧の冷かなる作物を憎み、
戀愛の最初のキツスに喜び亂るゝ、
胸より迸ばしる眞實の情緒を求む。

  (五)

御身の空想的題目なる牧人や、牧羊や、
人を娯ませ得んも人を感動せしめ得ず、
アルケヂアは只だ夢の一邦土に過ぎず、
あゝ如何で戀愛の最初のキツスの樂しさに若かんや。

  (六)

あゝ!人類は生來アダムより今に至るまで、
不幸艱難を以て彷徨へりと云ふを止めよ、
懷かしき樂園パラダイスの一部は尚ほ地上に存し、
慕はしきエデンは戀愛の最初のキツスに復活さる。

  (七)

光陰は矢の如く、日月に關守なく、
齡傾き血冷かに、我等の樂しみ去りし時、
床かしき過去の追想は長く胸に殘り、
戀愛の最初のキツスは最も樂しき思出となる。



底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』18コマ〜


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2007年12月15日

『短編バイロン詩集』03涙

  第三、涙

  (一)

友誼フレンドシツプ戀愛ラブ、の我等の同情を動かし時、
瞥見以て眞實トルースの現はるゝ時、浮華なる唇は、
優しき靨、愛らしき微笑を以て僞惑し得べし、
されど、眞實なる愛情の標據テストは涙なり。

  (二)

微笑や、屡、これ、只だ、
嫌惡を覆ひ恐怖を隱し、僞君子の奸計に過ぎず、
眞情まことを語る目の暫し涙に曇りし時は、
我に優しき嘆息を與へよ。

  (三)

温和なる慈悲チヤリチーの靈光は、
飾りなき純朴バーバリチーにより、
下界の死すべき吾人に、その精神を示し、
憫憐や、此徳の感ぜし處に溶け、
その露や、涙に散布せらるゝなり。

  (四)

吹き荒さむ、暴風と共に、
縹渺萬里、激浪高き、
大西洋を横斷せざるべからざる人や、
一趺直ちに、己が墳墓たるべき、
蒼海を彼顧るとき、
逆卷く紺青の荒波は涙と共に輝かん。

  (五)

光榮グローリーの華やかなる生涯に於て、
想像的花冠の爲めに勇士は死を恐れず、
されど戰場に葬むるとき、
その敵を讃美し、賞揚し、
涙を以て凡ての傷痍を洗ふ。

  (六)

あはれゆかしき戰勝の勇士や、
その高く躍る胸中の自負を以て、
鮮血淋漓なる其銃劍を棄て、
懷かしき己が愛人のもとに歸り、
艶妖のその身を抱き、
可憐なる瞼より涌き出づる涙を彼キツスする時、
あらゆる彼の勞苦や酬られたるなり。

  (七)

あゝ樂しきかな我が青春の光景や!
友誼と誠實の立脚地、
戀愛の流るゝ月日を追ひし處、
我は汝と別るゝに忍びず、
かうべめぐらして最後の一瞥をなせり、
あゝされど悲しい哉我目や、
涙に掩はれて、恰んど我は、
なつかしき汝の俤を見るを得ざりき。

  (八)

例令我が誓を最早彼女に語り得ざるも、
美しき彼女や甞て深く我を愛し、
閑寂なる園亭の蔭に於て、
麗はしき涙を以てそれ等の誓に、
報ひし其時を我れ記臆せり。

  (九)

我は、彼女かれの他の愛を得て、永く、
平和に幸福に生活するを祈る!
彼女の名を今尚ほ我は、心に敬せざるべからず、
甞て彼女は我が愛人なりしことを、
我は嘆息といきを以て棄て、
而して涙を以てその僞を許さん。

  (十)

汝、我が眞實の友よ、
我は汝に別るゝの前、我が胸に
此希望最も痛切なりき──
再び此靜けき幽處に於て我等は、
若しも互に邂逅するならば、
離別の時の如く涙を以て會はん。

  (十一)

我が精神の幽瞑界に飛揚する時、
我が屍は其棺車の上に横はらん、
我が屍灰の消盡する墳墓の傍を汝が過ぎる時、
あゝ!涙を以て其等塵埃を濡されよ。

  (十二)

何等華麗の大理石も、
虚榮兒の養生うみなせる、
悲哀の壯嚴にふさはしからず、
赫耀たる光榮、名譽も、
如何で我が名を飾り得ん、
あゝ我が求むるものや──望むものや──唯だ涙なり。



※屡→「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』20コマ〜
ラベル:THE TEAR 児玉花外
posted by 天城麗 at 14:37| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

『短編バイロン詩集』04我は御身の泣くを見たり

  第四、我は御身の泣くを見たり

  (一)

我は御身の泣くを見たり──大きく閃めく、涙は、
翠碧の其眼より流れぬ、
而して我はそを、菫をこぼる、
麗はしき露に非らずやと思へり、
我は御身の微笑するを見たり──御身の傍に、
青玉の光は輝かずなりぬ、
さはれそは、御身の目に宿る、
快活なる美しき光には及ばざりき。

  (二)

雲は遙か彼方の太陽より、
深く鮮かなる色彩を受くるも、
落ちかゝる夕暮の影を空より拭ひ得ざるが如く、
御身の優しき微笑は、温和なる其心に、
それ等の清く鮮やかなる悦樂を分ち、
その光煦はその胸を照らし、
一種の熱情を後に肩むるなり。



底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』24コマ〜
posted by 天城麗 at 16:24| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする

『短編バイロン詩集』05カロライン嬢(一)

  第五、カロライン孃(一)

  (一)

どまれとてか、願ふにや、
きらめく、なみだに、滿されし、
優しきなれの、双眸を、
汝は思ふか、我れ見きと、
幾千萬の、言葉より、
猶ほいやまさる、眞情こゝろもて、
深くもなれの、嘆きしを、
我れは聞きぬと、は知るか。

  (二)

愛も望も、兩ながら、
消えて破れし、その時に、
落つる涙は、いと強き、
汝の悲愁なげきを、示せども、
さはさりながら、戀人よ、
痛苦いたでを負ひし、此胸は、
深き烈しき、哀傷に、
汝にも劣らず、波ぞうつ。

  (三)

さはれ憂悶なやみの、あらはれて、
我等の頬の、あかきとき、
又はやさしの、唇の、
我が唇と、合ひしとき、
我が目瞼まぶたより、ほどばする、
繁き涙も、汝が目の、
清き涙に、くらぶれば、
あゝ/\ものゝ、かずならず。

  (四)

燃ゆるが如き、我が頬を、
親しく汝の、感ずるは、
いと/\難き、ことならん、
されど流るゝ、の涙、
その紅色くれなゐを、鎭めさり、
汝の言葉は、だゝ獨り、
吐息つく/゛\、繰り返へし、
語らふ如く、我の名を。

  (五)

のう、戀人よ、我々は、
尚ほも無益に、嘆げきつる、
避くべからざる、運命を、
など、徒らに、愁傷いたむらん、
さはれ記臆は、只だひとり、
その面影を、留むれども──
されど一層ひときは、我々は、
憂悲なげきの淵に、沈みなん。

  (六)

なれ、懷しき、愛人よ、
さらば、さらば、あゝさらば!
よしや名殘は、盡きぬとて、
汝は哀惜うらまず、あるならば、
雲煙けむりの如く、消え去りし、
過ぎにし月日の、樂しみを、
汝の心は、思はずば、
我は願はん、只だ忘れんと!


カロライン孃はバイロンの戀人にして後にメルボーン侯爵の夫人となる、されど長くバイロンを慕ふて忘れず、戀々として餘生を終れり。

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』25コマ〜
posted by 天城麗 at 18:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

『短編バイロン詩集』06ナポレオンの最後の訣別

  第六、ナポレオンの最後の訣別

  (一)

さらばよ、汝、フランスの土、
我が光榮の朦朧たる影の、
汝の名聲と共に地球を震撼せし處──
あゝ今や汝は、我を棄てたり──
さはれ最も赫耀にして、
最も幽暗なる汝の歴史は、
凡て我が名譽を以て充たさる。
我は世界と戰へり、
されど戰勝の運命は、
餘りに深く我を誘惑し、
我は爲めに破れたり。
我は又幾多の邦國と爭へり、
かくして遂に淋しくも獨り、
縲紲の身とは成り果てぬ。

  (二)

さらばよ、汝、フランス!
汝の輝く王冠を、
我が頭上に戴きしとき、
我は汝を以て地球の寶玉とし、
將た驚嘆となしたりき──
あゝされど汝の薄弱は、
我の汝を見出せし如く、又、
汝と別れざるべからざる悲しき命令を以てし、
汝の光榮は衰殘して、
汝の價値は沈淪せり、
おゝ哀哉、忠實の勇士や、
たとへ身を草原に横ふるも、
戰勝は長へに卿等のもの──
されどかの強鷲は一時殘害せられたりと雖ども、
燦爛たる勝利の日を其兩眼に凝視して、
今尚ほ、悠々として高く蒼空に※翔せり。

  (三)

さらばよ、汝、フランス!
若しも汝の邦土に再び、
自由の皷氣の襲來するあらば、
我を記臆せよ、然るとき──
優しき菫は今も尚ほ、汝の深き谷底に芽え出づる──
そは例令しぼみしとて、
汝の涙は再び咲かし得べし──
されど/\我は尚ほ、
我等の周圍に群れる、
數多の敵と爭ひ得て、
然して汝の精神は、
我が此音聲に覺起すべし──
我等を縛する鎖は破らざるべからず、
あゝ然るとき/\、
頭を上げて主を呼べ、
汝の權べる主を呼べ!



(二)※は「皐+栩のつくり」の「白」に代えて「自」、第3水準1-90-35、翺。

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』28コマ〜

ナポレオン・ボナパルト - Wikipedia/Yahoo!百科事典
posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする
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