2007年11月13日

『短編バイロン詩集』バイロンの生涯(2/5)

▲千八百〇九年より十一年まで二ヶ年間海外漫遊せし彼は、いたく各國の麗はしい風景や、由緒ある古蹟に感動せられ鼓吹せられ、かの破天荒の名詩「チヤイルド、ハロルド巡遊」記の初め二編を書いた、たとへバイロンは悠々西班牙や土耳古の旅程に上りしとは云へ一旦深く刻まれし失戀の影は、長く/\その胸底に搖曵してあつた故に、吾人は彼の辯疏にも係らず、噪宴や放恣を以て、人生の氣力を消せし陰欝なるチヤイルド、ハロルドは、著者自身を描寫せしにあらざるやを疑ふのである、彼は悲慘憂悶に惱み自己の才能の異常なるを認知し、世を厭ひ、人を惡み、あらゆるる事物を憎み、自己の照影とも云ふべきチヤイルド、ハロルドを描いた、そして篇中に現はれたる人物は、皆同一に陰欝な性格を有してゐる。
▲この空前の傑作チヤイルド、ハロルドの千八百十二年に出版せらるるや、魯鈍として嘲けられたる無名の一小詩人は、一躍して世界の大詩人となり、文壇の泰斗と仰がれ、滿天下の讀者均しく驚嘆の叫びを洩したのである、彼自ら記して「我れ一朝醒めて自身の著名なるを知る」と云つた。
▲交際場裡の人として、文壇の麒麟兒としての彼の生活は殆んど三年、此間彼は貴族院議員として三度演説を議場に試みたのである、彼は其旅行中見聞せし事實を基礎として、優艶な悲壯な土耳古物語を書いて、英國人士の心中に現代希臘西を慕ふの念を起させた、「不信者ザハー」「アビードスの花嫁ブライド」は千八百十三年に現はれ、「海賊コルセーア」「ラゝ」は其翌年に版に上つた、前二者は傳記的冐險の物語に適する四歩句テトラメーターに書き、後者はドライデンポープ脚韻的五歩句ライムイングペンタメーターを用ひ、且彼の獨特の音律や色彩を與へてゐる、凡て此等の四篇中には皆、清痩不健全な不平滿々たるバイロン的主人公が宿つてゐる、そして思ひ一度茲に到れば、チヤイルド、ハロルドの高い青白い額の周圍に眞紅のシヨールを纒ひ、頭巾付けの純白の長外套を身に着け、土耳古的長劍と銀裝の短銃を腰間に帶び、全く希臘西風の服裝をなして兩眼に悲憤を湛へてゐる姿は、何となく吾人の眼前にまぼろしのやうに見へるのである。



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『短編バイロン詩集』バイロンの生涯(3/5)

▲バイロンのミルバンク孃と結婚せしは千八百十五年彼の廿八才の時である、妻は彼が放肆律なきため鴛鴦の夢暖かならず、不和爭論の結果僅々十二ヶ月にして離婚して了つた、この不幸なる家庭に一人の娘があつたが、チヤイルド、ハロルド第三編の初に、此娘に對する傷心な悲哀な詩句が現はれてゐる。
▲彼はその妻を離婚せしを以て、社會は甚しく彼を非難し輕侮せしかば、彼は憤怨痛恨やるかたなく、遂に滿腔の忿懣を懷いて千八百十六年の春、再び還らずと誓つて遙々己が墳墓の地を去つた、然かもかの絶艶なる悲劇詩「コリンスの攻圍」「パリシナ」の二篇は、彼が龍動に於ける悲慘なる最後の數ヶ月に書かれたのである。
▲實に不幸と悲憤は薄倖なるバイロンの生涯に主なるものであつた、彼は胸に不盡の痛恨を負ふて孤影悄然住み馴れし懷かしき故山を後にして、風光明眉なる伊太利の中に、哀れなる己が生涯のそれにも似たる衰殘せるベニスの王宮を訪ひ、ローマの廢堂を尋ねんと遠く迅雷轟くヂユラの氷雪多き山嶺を分け、古今の名將ウエリントンが、歐亞の震撼せし空前の英雄ナポレオンを撃破せし、血腥きウオタルローの古戰場を横ぎつたのである、ベニス、ラベンナ、ピザ、ローマに於て巨萬の報酬を得て數多の詩篇を著はし、最も悖徳な最も不規則な生活をなし、益遊惰荒飮の行爲を敢てしたのである。
▲彼の最大の傑作「チヤイルド、ハロルド巡遊記」は千八百十八年に完結し、其第三編はゼネバロ、第四編第五編は專らベニスに於て書かれてある、スペンセリアンスタンザは、バイロンの麗筆によつて一種の氣高い音律を現はしてゐる、かの崇高宏大何人も企て及ばざる太洋に述するの句の如き其結末に於て最も精巧雄麗な文字になつてゐる、試みにその一節を譯出しやう、
卷けよ、轉ぜよ、汝、深き紺青の太洋、卷けよ、
一千の艨艟、汝を掃過するも、そは無益のわざ、
人間は此地球を荒廢せしむれども、其力、
たゞ海岸に止まりて、縹渺たる海原には、
難破は彼の爲し得る凡てのみ、人の刧掠の影、
何等その跡を留めず、遺るは只だ彼の荒頽に過ぎず、
一滴の雨の如く呻吟しつゝ須臾にして汝の海底に沈む、
墓なく吊鐘なく柩なく、然も知られずに。
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『短編バイロン詩集』バイロンの生涯(4/5)

▲バイロンも他の詩人の如く筆を劇詩に染めてあつた、されど有名なる「チヤイルド、ハロルド」や「海賊」の此著者は、それにふさはしい程の滿足の結果を收むることが出來なかつた、余の前に語つたやうな陰暗な幽欝な一種のまぼろしが此不幸なる大詩人が、その影多き晩年にものせし多くの悲劇や宗教劇に朦朧として現はれてゐる「ケイン」「マンフレツド」は劇詩中の優なるものであつて、其他「サルダナパラス」「ウエルナー」「天地」「マリノ、フアリエロ」等の諸篇がある、そして、かの大作「ドン、フアン」は最も精巧な著書であつて、奇拔な巧妙な幾多の章句に滿ちてゐる此偉大なる天才の悲しい紀念物とも云ふべきものである。
▲バイロンの最後の壯擧は稍其晩年に傷心の光をなげてあつた、即ち彼が歌ひし古代の榮譽や絶佳の海濱を有する懷かしき希臘西を鼓舞して、土耳古の無道なる覊伴を脱して自主自由の國たらしめた、實にかの希臘西獨立戰爭は此時に初つたのである、彼は燃ゆるが如きの熱意を以て、人道の爲め決然身を挺して希臘西に航し、金錢に助言に獎勵に鋭意事に當つた、斯くして筆を執るの文人は、一朝にして劍を按ずるの軍人となつたのである、彼はあらゆる辛苦に堪へ、自ら一軍に將としてレバントを攻撃せんとした、あゝ/\されど、皇天此偉人に歳月を借さず、悲哉此絶世の天才は、不幸二豎の犯す處となり、僅か三十六年を一期として、天涯萬里の異域の露と消へて了つた、バイロンは實に人道の爲に斃れたのである、その魂魄や必ず長く、山紫水明なるグリースの邊に彷徨ふであらふ、彼の命日は千八百二十四年四月十九日であつて、その墳墓は英國ニユーステツドの近傍ハツクネルと云ふ處にある。
▲彼の詩に「天は其寵兒に夭死を賜ふ」と云ふ句がある、彼は實に天の寵兒として此濁世より救はれたのである、余は深くバイロンの欝勃たる熱誠や氣概を喜び、その雄渾莊麗な筆致を愛し、その詩集は常に余の身邊を離れないのである、世人は多く彼の蕩逸不覊を非難するけれど、そは彼の罪にあらずして寧ろ其時代の罪である、余は彼の爲なら如何なる辯護もする、如何なる讃美も敢てする、渾圓球上、洋の東西を問はず、古往今來詩人の數多けれど、バイロンの如く廉潔なる男らしい、バイロンの如く勢のある優婉纎彩の詞藻を持つたものは又とあらうか、かの獨乙の大文豪ゲーテさへも、只だバイロンの壯麗なる詩文を味はんが爲めにのみ英語を學んだと云ふではないか。
▲あゝ思へば三十有六年の短き彼の生涯は實に一部の悲哀史である、余は誠に彼の爲めに一滴の涙なきを得ぬ、幼より轗軻不遇に人となり、放蕩無頼なる父に棄てられ、喜怒常ならざる愚昧の母に育てられ、然かも身は悲しい不具の人として嘲けられ、一事一行皆均しく、世人の嘲笑痛罵の種となり、苟も皇室の藩屏たる貴族の榮譽を得ながらも、家庭の樂しさを知らず、一日の平和なく一人の慰むるものなく、終始悶々不平の内に日を送り、果ては住み慣れし故山をさへ離れて、遠く/\絶域に客死したではないか、余は目を閉づれば眉目秀麗なる美しい彼の姿を見ると共に、彼が薄命の生涯を思ひ合して、轉た一種悲しい感じに胸はかき亂れるのである。
ラベル:児玉花外 ゲーテ
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『短編バイロン詩集』バイロンの生涯(5/5)

▲バイロンの健筆は驚くべき程であつて、「海賊」は十日間になり、「アビードスの花嫁」は四日間に書き、「ラゝ」は舞踏會より歸宅して衣服を脱する間に作つたのだと云はれてゐる、斯く倉卒の間になりながら、然かも其筆の跡、絢爛流麗盤上玉を轉ずるが如く錚々の音を發するので、天品とはバイロンの詩句を評するに最も適切なる讃辭である、彼と同時代のゲーテは、彼を非常に賞揚して「バイロンは疑もなく當世紀(十九世紀)に於ける最大の才として尊ばざるべからず」と云ひ、スコツトムーアも甚だしく彼を讃美したのである、かくの如く賞揚せられ、歐米の文壇を風靡せし彼の詩篇は、世人に愛讀せらるゝこと非常にして、「海賊」の如き僅か一日に一萬四千部を賣つたと云はれてゐる。
▲バイロンの愛讀者は、舊約全書ポープの詩文及びモンテイヌの文集等であつて、特に彼はモンテイヌの文を激賞してあつた、彼は本國に於て嫌忌せられしに係らず、他の各國の人士に愛せられ、佛國人の如きは彼を崇拜の餘り其主府巴里にバイロン街を作つた位である。
▲バイロンの詩中最も人口に膾炙するは、「シロンの囚人プリズナー」であつて、宗教的迫害の酸苦を述べたのである。
あゝ我が頭髮は白し、されど年の爲にあらず、又は人々の一時の驚懼故に變ずるが如く、只だ一夜にして更りしにあらず、ああ我が四肢は衰へたり、されど勞せしが爲にあらず、實に忌はしき休息故に朽ちたるなり。
と歌ふところ、何んとなく悲愴凄婉であつて、一讀云ふに云はれぬ一種の冷かな物哀れな感じがするのである。
▲バイロンの文體は雄勁壯嚴の中に、典雅清艶な處があつて恰も天氣晴朗なる夜、縹渺たる蒼溟の波間に、皎々たる一輪の明月が鮮かな清光を宿せしが如く、又は巍然たる高峰の半腹に美しい虹の懸るが如く、壯美と優美は程よく融合一致してゐるのである、しかもこのニ種の美は、獨り彼の詩文の上に現はれてゐるのみならず、彼の一身にも實によく發現されてゐる、彼の欝勃の不滿と氣概はその壯美を示し、彼の女の如き美しい容貌はその優美を示してゐるのである、余は左に「チヤイルド、ハロルド巡遊記中の一句

(以下底本のページ欠)
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2007年11月14日

『短編バイロン詩集』01若き令嬢の夭折

  第一、若き令孃の夭折

  (一)
美しかりし令孃の墳墓を我れおとづれて、
我が愛するむくろの土の上に、四季をり/\の花を撒き散らしゝ時、
嵐もさまず、夜もいとど淋しく靜やかに、
些の微風さへ樹梢を鳴らさず。
  (二)
此狹く小さき庵室の内に、嘗ては華やかに清かりし彼女かれの身は横はる、
死の神は彼女を餌食として取り押へ、
何等の富貴、何等の善美も、
美しき彼女が生命を償ひ得ず。
  (三)
あゝ!若しや死の神、憫憐を感じ、
皇天、運命の恐ろしき宣告を覆へしなば!
哀傷者はその悲愁を此處に現さず、
詩神ミユーズはその徳行を此處に語らざらん。
  (四)
されど何故の嘆ぞや、類なき彼女の精靈は、
壯麗、日輪を輝かし處を高揚し、
憂ひを湛へたる天使等は彼女をその宮殿に導びき、
無限の快樂を以てその徳行に酬ゆるなるに。
  (五)
皇天は不遜なる人類を招喚し、
而して秀絶の上帝は狂暴に非難すべきものなるや、
あゝ!否、斯の如きは我に無益の企圖わざ──
我は決して神に服從するを拒まざるべし。
  (六)
彼女の清き徳操は今猶ほ懷かしく、
その華麗なる容貌は今猶ほ記臆に鮮かに、
それ等を追想する毎に我が温き愛の涙滴りて、
胸に刻みし艶なる面影、長く/\思出の種となる。

此詩は千八百〇二年バイロンの十七歳の時の作にして死せし令孃の名をマガーレツトと云ひ海軍大將パーカーの娘にして彼の從妹に當る、バイロンの初めて詩を作りしは十四歳の時なり。




底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』16コマ〜
posted by 天城麗 at 01:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする
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