2007年12月22日

『短編バイロン詩集』09妄想(ローマンス)

  第九、妄想(ローマンス)

  (一)

華やかなる黄金の夢の親にも似たる妄想ローマンス
信仰厚き幾多少年少女の一隊を、
空幻の歡喜の中に導くなる、
果敢なき喜ひの幸榮ある女王、
我は遂に呪文に迷されずに、
我が春青の拘束を破る、
我は最早神秘なる御身の常路を踏まず、
御身の邦土は眞理のそれに更へたり。

  (二)

されど無邪氣なる心に絶えず訪づる、
その嬉しき夢は尚ほ棄つるに難し、
あらゆる妖精は美しき女神に見え、
その目は無限の光を通じて轉ず、
然かも想像ファンシーはその無涯の領土を保ちて、
万物万象雜多の色彩を帶ぶ、
斯くして處女はあだなるものならず、
且つ婦女の微笑さへ眞實なるに至る。

  (三)

我等は御身を只だ空名に過ぎずとなし、
雲霧の樓閣より徒らに降らざるべからざるか、
あらゆる婦人、あらゆる朋友より、
一の美婦スルフ、一の親友ピーラデスを見出し能はざるや、
さはれ直ちに空幻の御身の邦土を、
種々なる妖魔の一群に殘さんとするか、
婦女は美なるが如く處假にして、
朋友は只だ自利のみを計ると認むるや。

  (四)

耻かしけれど我は御身の權勢を感ぜりと自白し、
悔恨者シペンタントよ、今や御身の治世は過ぎたり、
最早御身の訓戒に我從はず、
最早想像の意見に※翔せず、
さても憐れなる愚人よ、
閃々たる目を愛して眞理に尊しと考へ、
はかなき淫奔者の嘆息を信じて、
冷き其涙の下に心を溶かすとは何事ぞや!

(※は「皐+栩のつくり」の「白」に代えて「自」、第3水準1-90-35、翺)

  (五)

妄想ローマンス!譎詐故厭ふて、
虚飾アヘクテーシヨンの坐する處、
多病なる實感センスビリチーの居る處なる、
雜駁なる御身の宮庭より遠く我去らん、
力なき涙は只だ御身以外、
何等の苦痛にも流さず、
華美なる御身の堂社を露に濡さんが爲、
眞の悲哀を顧ざるものは我れ好まず。

  (六)

今や、松柏を冠し雜草を身に纒ひ、
御身と共に眞の嘆聲を揚げ、
あらゆる胸の爲めにその心情を痛むる、
幽暗の同情シンパシーと我は合同し、
嘗ては均しき熱火輝き得しも、
今や御身の玉坐の前に屈し能はざる、
永却とはきし白鳥を吊せんが爲め、
我は御身森林の歌女の一隊を呼ばん。

  (七)

如何なる場合にも、直ちに、美しき涙を流し、
想像の情火と狂へる熱火を以て、
空幻の恐怖に胸に浪立たする、
御身温雅なる乙女ニンフ等よ、
優しき御身の隊伍より背ける我が虚名を、
いとしと思ふて嘆げき給ふや如何に、
無邪氣なる詩人は、せめて、御身より、
同情に富める歌の一節をもとめん、

  (八)

さらば、愛らしき人々よ、これが長き別れぞよ、
運命の期は間近く徘徊しつゝあり、
御身の悲まずに横はらざるべからざる、
恐ろしの深淵は今早や目前にあり、
忘却の暗碧の太洋は御身の制し得ざる、
暴風に荒されて目下に見ゆるなり、
あゝ悲しい哉、御身と御身の優しき女皇は、
共に/\其處に死滅せざるべからざるぞ!



底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』34コマ〜


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする
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