2007年11月13日

『短編バイロン詩集』バイロンの生涯(3/5)

▲バイロンのミルバンク孃と結婚せしは千八百十五年彼の廿八才の時である、妻は彼が放肆律なきため鴛鴦の夢暖かならず、不和爭論の結果僅々十二ヶ月にして離婚して了つた、この不幸なる家庭に一人の娘があつたが、チヤイルド、ハロルド第三編の初に、此娘に對する傷心な悲哀な詩句が現はれてゐる。
▲彼はその妻を離婚せしを以て、社會は甚しく彼を非難し輕侮せしかば、彼は憤怨痛恨やるかたなく、遂に滿腔の忿懣を懷いて千八百十六年の春、再び還らずと誓つて遙々己が墳墓の地を去つた、然かもかの絶艶なる悲劇詩「コリンスの攻圍」「パリシナ」の二篇は、彼が龍動に於ける悲慘なる最後の數ヶ月に書かれたのである。
▲實に不幸と悲憤は薄倖なるバイロンの生涯に主なるものであつた、彼は胸に不盡の痛恨を負ふて孤影悄然住み馴れし懷かしき故山を後にして、風光明眉なる伊太利の中に、哀れなる己が生涯のそれにも似たる衰殘せるベニスの王宮を訪ひ、ローマの廢堂を尋ねんと遠く迅雷轟くヂユラの氷雪多き山嶺を分け、古今の名將ウエリントンが、歐亞の震撼せし空前の英雄ナポレオンを撃破せし、血腥きウオタルローの古戰場を横ぎつたのである、ベニス、ラベンナ、ピザ、ローマに於て巨萬の報酬を得て數多の詩篇を著はし、最も悖徳な最も不規則な生活をなし、益遊惰荒飮の行爲を敢てしたのである。
▲彼の最大の傑作「チヤイルド、ハロルド巡遊記」は千八百十八年に完結し、其第三編はゼネバロ、第四編第五編は專らベニスに於て書かれてある、スペンセリアンスタンザは、バイロンの麗筆によつて一種の氣高い音律を現はしてゐる、かの崇高宏大何人も企て及ばざる太洋に述するの句の如き其結末に於て最も精巧雄麗な文字になつてゐる、試みにその一節を譯出しやう、
卷けよ、轉ぜよ、汝、深き紺青の太洋、卷けよ、
一千の艨艟、汝を掃過するも、そは無益のわざ、
人間は此地球を荒廢せしむれども、其力、
たゞ海岸に止まりて、縹渺たる海原には、
難破は彼の爲し得る凡てのみ、人の刧掠の影、
何等その跡を留めず、遺るは只だ彼の荒頽に過ぎず、
一滴の雨の如く呻吟しつゝ須臾にして汝の海底に沈む、
墓なく吊鐘なく柩なく、然も知られずに。


posted by 天城麗 at 03:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする
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