2007年12月02日

『不信者』32/34

  「今はむかし、もつと靜かだつた時のこと
  私の生れ故郷の谷の花咲く木蔭で
 心と心が混り合つて愉しかつた頃
  一人の友達が有つたのです──今も有りますかしら──。
 その友達に送るように是をお預けします。
  青年の誓ひの記念物なのです。
 私の最期を、死を彼に思ひ出してもらひたいのです。
  私のやうな思ひ詰めた人間には
 昔の友の契りなど長くは念頭にのぼらないのですが
 それでも凋落した私の名は彼には親しみある名なのです。
 妙なことには、彼は私の運命を豫言したのでした
  私は微笑ひました──その時分は私は微笑へたのです。
 思慮のある人なら彼の聲を愼重に聽き取つて
  用心もしたのに何を莫迦なと聽き流しました。
 でも殆んど注意しなかつた言葉の端々が、
 今囁くやうに思ひ出となつて聽かれるのです。
 さあ、その彼の豫表が起つたのですから。
  それが眞信だつたと聽いて彼は吃鷲するでせうし、
  その言葉が眞實でなかつたらと思ふでせう。
 世間見ずの青春時代はとり分けさうなのですが
  泣いたり怒つたり喧嘩口論をしたりしても
  一向氣にも止めなかつたのですけれど
 苦んで、訥りがちな私の舌で私が死ぬ前に
 彼の思ひ出を祝福しようとしたと言つてください。
 でも罪の有るものが罪の無いものの爲めに祈つたら
 神はひどくお怒りになつてそつぽを向いてしまはれるでせう。
 譴めてくれるなとは彼に求めませぬ。
 私の名聲を傷けるには餘りにも心の優しい友達です。
 ところで私は名聲などに何の關係がありませう。
 悼むでくれるなとも彼に求めませぬ。
 そんな冷たい要求は輕蔑のやうに聞えるでせう。
 親しきものの棺を惠むのに友情の
 男らしい涙に勝る何ものがあるでせうか?
 ですが昔しは彼のものだつた此指輪を持つて行つて
 話してください──あなたの見られる通りの状態を──
 れ萎むだ肢躰からだすさび滅びた知性ところ
 激情の浪が打ち上げて後に殘した藻鹽草、
 皺苦茶の一まきの卷物、落ち散つた木の葉の一葉、
 哀愁の秋を吹く疾風はやちに枯れて。

  ×  ×  ×  ×  ×



判読できなかった「疾風」のルビを「はやち」にした(ゴシック名訳選集参照)。


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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