2007年12月01日

『不信者』31/34

 「彼女はなくなつて終つても私は生きて居ました。
  が、人間としての生き方ではなかつたのです。
 私の心には一疋の蛇が絡みついてゐて、
  何かと私の思慮を刺戟して爭鬪に驅りたてたのでした。
 いつ何時もひとつこと、何處もかも嫌で嫌で
 自然の顏を見ると竦然として怯るむのでした。
 昔は綺麗だと思つた色と言ふ色が
 私の胸のK一色に見えるのでした。
 殘餘あとの事はあなたは既にご承知なのです、
 私の犯罪つみの悉皆を、そして私の苦惱なやみの半分を。
 だがもう懺悔のことはお話し下さいますな。
 間もなく私は此處からお別れするのでせう。
 で若しあなたの御聖話が眞實でしたら
 行つて終つたことをあなたは取り消せるのですか
 感謝を知らぬ男と思し召すな、でも此の悲哀は
 その救濟を僧職に期待しないのです。
 私の魂の状態を秘かにお察しあるのもよいが
 いよいよ不憫に思ふのでしたら餘り言はないでください。
 あなたの指圖でレイラを生かすことが出來る時
 その時に私はお宥しをお願するでせう。
 その時に購つた彌撒が天惠を提供する
 あの天の法廷で申開きをするでせう。
 獵人の手が悲鳴を揚げる豹の子を
 無理やりに森の洞穴から引張し出したときに
 淋しげな雌豹を宥めるもよいでせうが
 私の苦悶は慰めないでください──嘲弄なぶらないでください。


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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