2007年11月30日

『不信者』30/34

  「さうです、全く愛は天來の光明です。
  人間のひくい欲望を地上から除く爲めに
 天人達と等分ひとしなみあらから頒けていただいた
  あの不滅の火の火花の一つなのです。
 信仰は理知性を天へ吹き送りますが
 愛には天そのものが降りてくるのです。
 愛は穢ない思想をそれぞれ自己から捨てる爲めに
 神から捕へた一つの感情なのです。
 全體を形造つた神の一道の光明なのです。
 靈魂をまわつて環をかく後光なのです。
 人間がその名で呼び違ひをしてゐるもので
 私の場合の愛は不完全であることを私は是認します。
 ところで私の愛をあなたは邪戀じゃれんとも何とでもお考えなさいませ、
 でも彼女の愛は有罪つみではなかつたとお仰つてください。
 彼女は私の生涯いのちの間違ひもない光明でした。
 それが消えてはどんな光明が私の夜闇やみをひらくでせう。
 たとえ死へ亦は致命の不幸へ導くものであつても
 嗟、私を導く爲めにそれが尚輝いてゐたらと思ふのです。
 此の現在の歡喜を、此の未來の希望を
 失つては人がもう温和しく從順すなほに悲哀と
 抗爭あらそはなくなつても怪しむに足らないのです。
 さうなると逆上して人はその運命を非難します。
 悲しみに罪を加へるに過ぎないのですが、
 發狂してその恐ろしい行爲を人は行るのです。
 おお、内に心臟の出血を見る胸は
  外からの打撃を恐れ憚かる何物も持たないのです。
 あなたの額の上に私は嫌惡を讀みます。が、
 嫌はれ惡まれるやうに私は生れついたのです。
 なるほど、彼の亢鷹のやうに私の行動には
  掠奪屠殺の跡を殘してゐます。
 ですが、死んでも二度の愛を知らないといふことは
 是をあの鴿が私に教えたのでした。
 せせら笑つて、足蹴にもしかねないものに教えられて
 男は此の教訓を今もなほ學ぱないのです。
 叢林やぶ中に囀るあの歌ひ鳥も
 みづうみの水の上を泳ぐあの白鳥も
 一羽の配偶あいてを、ただ一羽だけを撰ぶのです。
 いつも漁色の道を浮かれ歩いて、生面目な堅氣な男を
 誰彼の差別なく嘲弄しがちな莫迦者は
 高慢痴氣の若者達と一緒にふざけさせるがよいのです。
 移り變る多樣な彼の樂みを私は羨みませぬ。
 ですがそんな柔弱な無情な男なんぞ
 あすこに居る孤獨の白鳥にも劣ると考えるのです。
 信じてゐながら男に裏切られた
 思想の淺い女よりかずつと價値のない男なのです。
 そんな耻辱は少くとも私は知りませんでした──
 レイラよ、あなたのことを私は思つてばかり居たのです!
 私の善、私の惡、私の福、私の禍
 天上の私の希望、──地上の私の總てのものなのです。
 あなたに似たものは地上に他にはないのです。
 有つたところで私には無益なのです。
 あなたに似てゐる貴婦人を、──似ては居ても
 同じひとではないのです──斷じて見ようとはしませぬ。
 私の青春を傷つける數々の犯罪つみ
 此の死の床が私の誠實の證據になつてゐます。
 萬事もう遲過ぎました──あなたは私の心が秘藏して居た
 狂氣でした、今でもその狂氣なのです。


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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