2007年11月28日

『不信者』28/34

  「私は彼女が好きでした、大好きでした。──
 好きだとか大好きだとか云ふ言葉しか使へはしませんが、
 言葉よりも行爲でその證據を示したのです。
 打痕のあるあの刄には血がついてゐます。
  あの刄からはとれつこのない血のりなのです。
 それは私の爲めに死んだ彼女の爲めに流されたのです。
  大嫌いな男の胸をその血は温めたのです。
 どうか、吃驚なさらないで──跪つかないで、
  そして私の罪の中に記録しないでください。
 その人殺しの私の罪をあなたはお宥しくださるでせう。
 その男はあなたの教義に敵意を持つたのですから。
 基督教徒といふ名を聞いただけでも
 回教徒に取つては肝癪の種だつたのです。
 恩知らずの馬鹿者奴、回教の極樂への確實な手形とも言ふべき
 豪傑の手のうちの手練の劍がなかつたら
 基督教徒に負はされた手傷がなかつたら
 まほめつとの門口で極樂の麗人達が今か今かと
 いつまでも貴樣きさまを待ち佗びてゐるかも知れないのだ。
 私は彼の女を愛したのです。狼でも恐れて餌を求めに
 行かないやうな道をも愛は求めて通つて行くのです。
 そして愛が敢然をその恐ろしい道を行くとなると
 方法も場處も理由も問題にしないのです。
 情熱の報酬が何かなければ慘めなものです。
 私は徒らに求めも溜息もしませんでした。
 でも時には悔ひられもして、かいのない念願ですが
 二度の戀を彼女がしなかつたらと思ふこともあるのです。
 彼女は死にました──どんな死に方か話す氣にはなれないのです。
 ごらんください、私の額にそれが書いてあります。
 年月の力では消されない赤い文字で書かれて
 カインの呪ひと罪がそこに讀まれるのです。
 でも、あなたが私を罪に問ふ前に一寸待つてくださいまし。
 私が原因もとではありますが、それを行つたのは私ではないのです。
 でも若し彼女が數多の男に操を汚したら
 私が行ることを彼が行つたに過ぎないのです。
 彼には不忠實であつたから、彼が打撃を與へたのです。
 でも私には忠實であつたから彼を私は倒したのです。
 彼女の殺されたのは當然だつたかも知れませんが
 彼女の不義は私に取つては信義だつたのです。
 暴力で抑へても奴隸にすることの出來ないものの總てを──
 彼女の情愛を彼女は私に與へたのでした。
 念へば思へば救ふ時機がもう遲過ぎたのでした。
 でも、その時分私が與れる丈のものは皆與りました。
 私達二人の敵に墓を與えたのが幾らかの心遣りでした。
 彼の男の死は深く氣にもかかりませんが、彼女の運命が
 あなたが憎むのも無理のない者に私をしてしまつたのです。
 彼の運命は定つてゐました──托鉢僧の警告を聽いて
 彼はそれを能く知つてゐたのです。
 軍勢がその戰死の場所へぞろぞろと行つたとき
 不吉な前兆を知るその托鉢僧の耳の底で
 間近の殺傷を告げる死の彈丸が鳴り響いたのでした。
 痛いも苦しいも氣にはかけないひと時の
 戰ひの騷ぎの中に彼も亦斃れたのでした。
 教祖の助力を求めた一叫び
 あらに祈つた一祈り、聲をあげたのはそれ丈でした。
 亂鬪の中で彼は私を認め立ふさがりました。
 彼が横たわつたその場で私は彼を食ひいるやうに視ました
 そうして彼の氣力の衰へて行くのを目守りしました。
 獵刀で刺し貫かれた豹のやうにさしとほされながら
 私が今感じる半分も彼は感じなかつたのです。
 傷ついた知性こころの動く作用を見出さうとして
 私は探し求めましたが無効な試みでした。
 彼のむつとしたやうな死骸の眼もとにもくちもとにも
 忿怒は顯はれてゐましたが、後悔の影さへなかつたのです。
 ああ、死にかけてゐた彼の顏に絶望の痕跡あと
 見る爲めに復讐は何物も惜しまなかつた筈なのに。
 墓から一つだけでも恐怖を取りのぞく力を
 後悔は失してしまつて、慰めにもならなければ
 救うこと出來ない、さうなつた時の後悔は
 もう時遲れで間に合ひはしないのだ。

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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