2007年11月26日

『不信者』26/34

  にやけた柔弱な男は戀愛に走り勝ちである、
 だがそんなのは皆戀愛の數には入らないのだ。
 戀愛の苦難を共にするには餘りに臆病だし
 絶望と取り組み或は無視するには温順過ぎる。
 月日が經つても癒やすことの出來ない痛手を
 感じうるのは毅然とした男だけだ。
 鑛山に採るざらざらした金屬の表面が
 光る前には燒かれなければならない。
 だが鎔鑛爐の火の中に跳り込んで
  質には變りはないが曲りもし溶けもする
 それから必要に應じ、意志に應じ、鍛はれて
 身を護り、或は人を殺す役にも立つのだ。
 必要な時のための胸當ともなり、
 敵に血を流させる刄ともなるのだ。
 だが匕首の形をそれが取れば
 その刃を身につけるものは用心をすることだ。
 斯うして情熱の火と、女性の術が
 男の心を變へもし、馴らしも出來るのだ。
 火や、術から男の心の形も調子も造られて、
 造られたままの姿で殘るけれども、
 曲げ返さないうちに折れてしまふのだ。

  ×  ×  ×  ×  ×

  悲哀の後に孤獨が續いて來たなら
 痛みが取れた位は一寸とした氣安めなのだ。
 空虚な胸の寂しさはその寂しさを減らした劇痛に感謝してよいのだ。
 共にするものが一人も居ないのが嫌なのだ。
 幸福ですらそれを擔ぐ合棒がなければ悲哀だらう。
 斯うして一度寂しく殘された心は
 結局は安心の道を求めて憎惡に走るに相違ないのだ。
 丁度あの死人がその身の周圍につて來て
 腐つて行く肉體の上をうようよと這ひまわり
 熾んにその肉を食ひ荒らす蛆虫を
 冷え冷えと感じて竦然としながらも
 嚇して追ひ拂ふ力がないやうなものなのだ。
  例えばまたあの沙漠に巣を營む鳥が
  腹を空かしてゐる雛の叫き聲を鎭めようとして
  嘴で胸を突いて出した血を雛に飮ませて
 巣鳥に讓り渡した生命を悲しまず
 子の可愛さで一杯の胸を輕卒に破つて見ても
 雛は逃げて終つて巣が空なやうなものなのだ。
 慘めな不幸な人間が見出す猛烈極まる苦痛も
  索寞と寂しい心の空虚に取つては
 一草一木の青もない心の沙漠に取つては
  使はない感情の荒蕪地に取つてはそれは無上の歡びなのだ。
 一片の雲もない陽の光も射さない蒼空をいつまでもいつまでも
 見詰めてゐなければならない運命を誰が喜ぶだらう。
 またと巨浪を冐すことが無くなるよりも
 暴風の怒號の方が恐ろしさは遙かに輕いのだ。
 風の戰ひが濟んで終つたとき
 運の岸邊に淋しい難破船となつて打ち上げられ
 陰欝な凪のうちに、沈默の灣の中で
 人眼に觸れずに腐るともなく腐つて終ふよりも
 岩の上でぼつぼつ朽ち崩れて行くよりも
 浪に衝突ぶつかつて一思ひに沈む方がましなのだ。

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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