2007年11月24日

『不信者』24/34

  薄Kい彼の僧衣の頭巾の下にぎろりと光る
 眉を寄せた彼のしかめ顏は此の世のものではない。
 見開いたあの眼の閃光りを見ると
 過ぎ去つた年月がどんなに苦しかつたものかが判る。
 その眼の色は變化があつて、はつきりしたものではないけれども、
 その眼を見た人は見なければよかつたと思ふことがよくある。
 といふのは無名の何とも言へない魔力が潜んでゐて
 それ自體名状しがたいものだが、優越を請求め、優越を保つてゐる
 高いそしていまだに抑え切れずにゐる、精神を語つてゐるからだ。
 翼を震はしながらも見据えてゐる蛇を
 逃げることの出來ない鳥と同じに
 此の男に見られた人は身慄ひはするけれど
 耐えられないその視線をはづせないやうなものなのだ。
 伴れがなく、ひよくり遭ひでもした僧は
 生怖ろしくなつて、その瞥見と微苦笑から
 奸智と恐怖を傳染されでもしたやうに
 喜んで身を退きたいと思ふのであつた。
 愛想笑ひをすることも、そう度々ではなかつたが、
 笑へばそれは彼自身の不幸を嘲けるに
 過ぎないので、見るも慘めなものだつた。
 蒼ざめたあの唇は、卷いて、ぴくぴく震へて、それから
 永久に笑はないといふやうに締まつて終ふ。
 まるで彼の悲哀或は輕蔑がもう二度と笑ふまいぞと
 彼に命令を下したやうなものだつた。
 その方が餘つ程よいのだ──斯んな薄氣味の惡い笑ひは
 歡喜からは決して生れては來るものではないのだ。
 だがその顏に嘗つてどんな感情が動いたか
 その跡を覓ねたらなほなほ悲しいものであつたらう
 歳月がまだその顏を固定したものにしてはゐないのだ。
 邪惡とまぢつてよりあかるい痕跡が殘つてゐるのだ。
 必しも褪めはててはゐない顏の色が
 知性に動いて犯した數々の罪惡によつてですら
 墮落しきつてはゐないその知性を語つてゐる。
 一般の世の人達は氣紛れな行動とそれに適はしい
 破滅の暗らい影を見るばかりだが、
 近く寄つて能く見る人の目につく筈の
 高貴の血統と崇高な精神が表はれてゐるのだ。
 ああ、そのどつちも悲哀で變へられ、犯罪で汚されて
 授かり効はなかつたけれども
 さうした高貴な贈り物附きの貸家は
 平凡なありふれた貸家ではなかつたのだ。
 それでもやつぱり殆んど恐怖と變らない感じを以つて
 さうしたものを視る眼はそれに惹きつけられるものだ。
 行きずりの人逹は朽ち、廢れ、崩れ破れた
  屋根のない小舍に足を停めはしないのが常だが、
 戰爭であるひは暴風で傾いた城の櫓は
 一つでもまだ鋸壁が殘つてゐる間は
  異國人えとらんじえの眼を要求めもし威嚇をどしもする。
 蔦の這ひ纒つた門と寂しく立つた柱がそれぞれに
 過去の榮華を傲然と辯護をしてゐる。

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。