2007年11月20日

『不信者』20/34

  軍刀は柄元まで碎かれてはゐるが
 彼が流した血に滴りながら
 不忠な刄を周つてぴくぴく動いて
 その切り離された手にしつかりと握られてゐる。
 遙か後方に彼の頭巾は轉がつてゐて
 最も堅固なとぐろ卷きの天邊を二つに割られてゐる。
 寛やかに長々と着こなされた外衣は
 偃月刀に切り裂かれて、その日が暴風に終る
 その前兆のどすKい縞目を引く
 曙の雲のやうに眞紅の色に染まつてゐた。
 彼の更紗木綿の斷片が引つかかつてゐた
 どの林叢にも生々しい血糊がついてゐた。
 胸は無數の刀瘡で引き割かれて
 背を地につけ、顏を天に向けて、
 死んだハツサンは横はつてゐる――開けたままの眼は
 まだ怒氣を含んで敵を睨むでゐるさまはさながら、
 彼の運命を定めた時が過ぎたあとまで
 消すことの出來ない憎惡を殘してゐるやうだつた。
 そして死躰を屈み腰にみてゐるその敵の額は
 血まみれて死んでゐる人の額と同じやうに怖ろしかつた。――

  ×  ×  ×  ×  ×

 「さうだ、レイラは浪の下に眠つてゐるのだ。
 が、彼奴の墓はもつと赤いものにしてやるのだ。
 レイラの精神が刄先を充分に尖らせて、
 あの殘忍な心に思ひ知らせたのだ。
 彼奴はまほめつとに呼びかけたが、まほめつとの力は
 復讐に燃える不信者には効目はなかつた。
 彼奴はあらの助けを求めた、だがその言葉は
 神には聞えなかつたし、注意もされなかつたのだ。
 愚昧な回教徒め、貴樣きさまの祈祷が神意に適つて
 レイラの祈祷が容れられない筈があるものか。
 時機の來るのを私は見守つてゐた、此度は彼奴の番だ。
 彼奴を捕へる爲に私は山賊と結托したのだ。
 憤怒は晴れた、やつつけて了つたのだ。
 ではもう私は出掛けるが、獨りぼつちで行くのだ。

  ×  ×  ×  ×  ×
   ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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