2007年11月18日

『不信者』18/34

  その一行は遂に松林のあるところへ着く。
 「びすみら! もうだいじやうぶ、危險はないぞ。
 廣々とあすこに平野が見えるではないか、
 拍車をかけて、大急ぎにいそがうよ」
 軍曹はそう言つたが、と同時に
  一彈がひうと、彼の頭上に鳴つて
 最先をかけた韃靼人が落馬する。
  彼等は手綱を控えるいとまもなく
 ひらりひらりと乘手は馬を跳び降りる。
  だが三人はもう馬上の人となることはあるまい。
 手傷を蒙らせた敵の姿は見えない
  死にかけてゐる人が復讐を求めてもその効はないのだ。
 劍の鞘を拂ひ、騎銃を構えて
  馬を楯に、半は身を隱し
 馬具に寄りかかつたものもあつたし、
 手のとどくばかりの近い岩の後へ逃げて
 來るべき衝突を、待ちかまへたものもあつたが
 岩の屏風を敢えて棄てようともせず
 姿を見せない敵の箭に射すくめられて、
 傷つく爲めにむざむざ立つてゐるものはなかつた。
 だが嚴格なハツサンは下馬を輕蔑して
 一人だけ路を乘りすすめて行く。
 ぱつぱつと先頭に銃火が閃いて、
 見込んだ餌食の利益に今はなつてゐる。
 一つだけの道を盜賊の一族か
 確實に占據してゐることを明らかに告げる。
 するとあの怖ろしい髯を怒にうねらせ
 もつと怖ろしい火に眼を燃えたたせて
 「どこから彈丸が飛んで來やうと、それがなんだ、
 もつと血みどろの危機を脱して來てゐる俺だ。」
 すると隱れ場處を棄てて出て來た敵が
 彼の家來達に屈服を呼びかける。
 だが敵の劍よりも怖れられてるのは
 ハツサンの澁面と怒りの聲なのだ。
 彼の隊の人數こそ少なかつたけれど
 騎銃を捨てゝ劍を抛つものは一人もなかつたし
 降參まいつたといふ卑怯な聲を立てるものもなかつた。
 次第次第に近くなつて、今まで埋伏してゐた敵が
 はつきりとまともに見えて來る。
 そして松林を出外れて進みくる一人が
 軍馬に跨がつて躍つてゐる。
 血みどろの右の手に遠くまで閃らめいて見える
 見慣れぬ劍を振つて、一隊を率いる者は誰だ。
 「彼奴だ。彼奴だ。もう判つたぞ、
 蒼白い彼奴のひたいに見覺えがある。
 嫉ましい裏切の、助けになつた
 忌はしい眼付に見覺えがある。
 乘つてゐるK馬で彼奴だと判る。
 おのれの忌はしい信仰を捨てて
 山賊の服裝をして居たつても
 それで命が助かりつこはないのだ。
 彼奴だ、いつなんどきでも遭ひ効のある奴、
 死んだレイラの情人をとこ、罰當りの異教者だ。」

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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