2007年11月17日

『不信者』17/34

  嚴格なハツサンは二十人の家來を伴ひ
 一路の旅に出て、家來はそれぞれに
 火繩銃と、無鍔の長劍を携へて
 壯士に最も似つかはしい武裝をしてゐた。
 先を行く首領もまた武裝をして
 劒帶に偃月刀を帶に釣つてゐる。
 その刀は叛逆者達が峽路を阨した時
 その逆賊の頭目を切つて、その血を吸はせたものであつて
 パルネの谷で起つた慘澹たる事件を
 歸つて話したものは殆んどなかつたのだ。
 ハツサンの腰帶に佩びた拳銃は
 その昔、士耳古の高官ぱしやが身につけたもので
 寶石を鏤め、黄金の飾りに盛り上つてゐたけれども
 盜賊でさへ、見ると怖氣を震ふものだつた。
 ハツサンはその身邊を離れていつた女よりも實意のある
 花嫁に逢つて縁談をすすめに行くといふ噂があるのだ。
 姦夫を室に引き入れるなんて、不貞な女ではないか、
 不貞よりも惡いのだ、異教者と通じるなんて!

  ×  ×  ×  ×  ×

  夕陽は山上にその名殘をとめて
 谿川にきらきらとひかつて、
 透き通つて、冷たいその快い水を
 杣人は祝福して飮む。
 のろくさと道を行く希臘人の商人も此處へ來ては
 その主人の餘り身近に宿を取つて
 内密の蓄財を氣にして震えながら、市街の中では
 求めても得られない安眠が出來もしやうし、
 群衆の中では奴隸でも、無人の境では自由であつて、
 人目のない此處では休息も取れやうし
 回教徒として飮んでならない、大杯をなみなみと
 禁止の赤葡萄酒で染めることも出來もしやう。

  ×  ×  ×  ×  ×

  黄色の頭巾が際立つて見える。
 最先を行く韃靼人は山峽に入つてゐる。
 殘餘の騎馬は長蛇の列をなしてあとに續いて
 長い峽道を徐かに廻つて行く。
 頭上高く一峰聳え立つて、そこに
 兀鷹が血に渇いて嘴を研いでゐるが、
 明日の朝の陽が射さないうちに、山を降りて來るだらう、
 鷹の馳走が今夜あるかも知れないのだから。
 足下の一河は冬こそ流れもしたが、
 夏の陽射しに涸れてしまつてゐて
 そこに生えてそこに枯れる灌木の叢の外には
 何にもない物淋しい水道が殘つてゐるばかりだ。
 中程の道の右にも左にも轉つてゐるのは
 灰色の御影石の小さく碎けた巖だが
 天の霧の衣を着た山頂から
 時の力か若くは山の電光に割かれて落ちたのである。
 といふのは、リアクラの山の嶺の霧が晴れたのを
 見た人は何處にも居ないのだから。

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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