2007年11月16日

『不信者』16/34

  レイラの眼のKい魅力を話しても効はあるまい。
 だが、羚羊の眼をじつくり眺めて見たら
 それがお前の想像の助けになるだらう。
 その羚羊のやうな大きな眼、惱ましくも暗い眼、
 だが、じやむしつどの名高い寶石のやうに
 眼瞼の下から射出する火花にきらきらと
 魂がきらめいて出て來たのである。
 さうだ、魂だ。教主が言ふやうに、形骸はただ
 息のかよつてゐる土塊に過ぎないのであつたら、
 斷じてさうではないと私は言はう。
 極樂の淨土をすぐ眼の前にひかへてその
 淨土の女菩薩が擧つて手招ぎをしてゐて
 下方は火の海、上方にゆらゆら搖れる
 アルシラツトの橋の上に私が立つたにしてもだ。
 噫 若いレイラの眼を讀むことが出來て
 それでも女といふものが土塊に過ぎず、
 暴君の色欲の爲めの魂のない玩具だと言ふ
 その信仰箇條のその部分をなほ信じるものがあるだらうか?
 回教の法典を説く人達が熟く彼女に目を止めて見たなら
 彼女の眼から不滅の神の光が輝いたと云つたかも知れない。
 清らかに褪せることのない彼女の頬の上に
 柘榴の若花が、いつも瑞々しく
 赤く燃えて匂を散らしていた。
 彼女の髮の毛はヒヤシンスの紫色むらさきに流れて
 とりあげずに疊んでおかれたとき、
 廣間の侍女達の中に立つて、
 そのだれにも立ち優つて見られて、
 その長い髮が拂つた大理石のゆかの上に
 輝々てら/\と光つた彼女の足は
 高山の雲から落ちて來て
 地上の汚れに染む前の霰よりも白かつた。
 若鳥の白鳥が氣高く水を泳ぐ。
 その白鳥のやうにさあかしあの女は地を歩むだのだ。
 さあかしあの美しい鳥の中の鳥の白鳥、
 その白鳥の居る水をかぎる堤を
  見知らぬ男が歩るいて通ると
 羽毛を逆立てて、白鳥は首を持ち上げて
 矜持ほこりの翼を張つて、浪を蹴る。
 その白鳥にも優つて持ちあげたレイラの首は白くすがしかつたのだ。
 斯う美しさを身につけて無遠慮に見る人の目を
 抑えるのだつた。愚者うつけの熟視もついには
 讃めるつもりだつた、その魅力に避易ひるむでしまふ。
 彼女の歩態もそういふ風に高雅で上品だつた。
 被女の情愛も配偶つれあひ者に甚だ優しいものだつた。
 彼女の配偶者嚴格なハツサン、彼は何者だつたのだ。
 嗟かはしくも、その名はお前には不釣合だつた。

   ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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