2007年11月14日

『不信者』14/34

  東洋の春の昆虫の女王が
 その紫の翅を擴げて、カシミーアの、
 えめらるどの牧場の上を起ち舞ひながら
 年若い追ひ手をおびき寄せて
 花から花へ、伴れ廻り、引つ張り廻はして
 無益な時を使はせくたびれもうけをさせておいて
 心を喘えがせ、目に涙をためさせて
 若者を後に殘して、高く飛んで行つてしまふ。
 それと同樣な輝しい色と、同樣な氣紛れな翅を備へて、
 美女は大人になつた子供を同じやうに誘惑するのだ。
 愚行に始まつて、泣きの涙に終つた
 無益いたづらな希望と恐怖の追物なのだ。
 若し捕まれば、等しく不幸に裏切られて、
 蝶と處女を待つものは歎きなのだ。
 苦痛の一生と平和の損失もその根源は
 兒戲からと、それから大人のむら氣からなのだ。
 猛烈に求められた綺麗な玩具。
 捕へられては、その魅力がなくなつてしまふ。
 逃がすまいとする指にさはられるたんびに
 目ざましい鮮やかな色が擦り落されて
 しまひには魅力も、色も、美しさも失はれて
 飛んで逃げるか、さもなくば、獨りで死ぬまで
 放つて置かれなければならないのだ。
 翅は傷つけられ、胸に血を滲ませながら、
 どつちの犧牲者も何處へ行つて休むのだらう。
 蝶とても光澤を失つた翅で昔のやうに
 薔薇から欝金香へと飛べるであらうか。
 美女も一時の間に萎凋からされて
 破られたその女部屋のうちに歡喜を見出せるだらうか。
 そりゃ駄目だ。傍を飛ぶもつとはでやかな蝶々が
 死にかけた蝶々の上に翅を垂れて悲しむこともなければ
 美女達は自分のものの外はどんな缺點にも
 慈悲を示しもし、許しもしたし、
 どんな不幸にも一滴の涙を流しもしたが
 女の道をはずす姉妹をんなの耻辱は例外だ。

   ×  ×  ×  ×  ×

 犯した罪の歎きを抱いてゐる知性は
  火に取り圍まれたさそりのやうなものだ。
 輪を次第に狹めながら火が光つて、
 火群がその火群の捕虜とりこの周圍に迫るとき
 無數の痛手の奧深く探りをいれられて
  憤りに氣も狂ひながら、悲しい、唯一つしかない
 苦痛を輕くする方法てだてを捕虜は知つてゐる。
 それは敵を刺すために育てておいた針をつき立てることだ。
 その針の毒はまだ嘗つて無効に終つたことはなく、
 一度は劇しい痛を覺えても、痛みも疼きも皆消して
 必死の腦髓に深く突入するものなのだ。
 魂にKい影を持つものは、そんな風に死ぬか、
 火に圍まれた蠍のやうに生きてゐるからなのだ。
 後悔に裂かれた知性ところはそルな風に苦悶するものだ。
 地には不適當ふむきで、天には登れないのが運命だ。
 上方は暗Kであり、下方は絶望であり、
 周回は火焔であり、内部は死なのだ。

   ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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