2007年11月13日

『不信者』13/34

  來る人の足音が、聽へはするけれども
 人聲は一つも私の耳に入つては來ない。
 だんだん近付くと、頭巾が一つ一つ見えるし
 銀鞘無鍔の長釼が眼につく。
 その一隊の最先に居る人の着てゐる服裝が
 みどり色なので君侯であることが判る。
 「おい誰だ貴樣は」「此の低い辭儀が
 私は回教を信仰するものだとのお答になりまする」
 あなた樣がしづかに持たれて行くお荷物は
 餘程大事に扱はなければならない物でせうし、
 疑ひもなく何か大切なものが入つてゐるのでせう。
  むさ小舟ふねですが喜んでお待ち申します」
 「尤もな言分。その輕舟の繋留ともづなを解いて
 私達を乘せて、この靜かな岸を離れてくれ。
 帆は疊んだままにしておいて
 散らばつた手近の櫂を漕いで
 岩と岩の間の水が藍に淀むでゐる
 その岩のなかほどへ行くのだ、
 手を休めろ――さうぢや――ようやりおつた、
 わしどもは即刻ぢきに來て了つた、
 だが然し、旅は長い航海たびであらう、
 あれが、あのものが行く――×  ×  ×

  ×  ×  ×  ×  ×

 ざふりと物が落ち込んで、徐々に沈んで
 靜かな浪は岸まで漣を寄せた。
 それが沈んだあいだ私はそれを見守つたが
 水流の爲めに生じたある運動うごきが、思ひなしか
 一層その物を動したやうだつた。──が
 それは流れ動く水上に市松模樣を疊んだ光線に過ぎなかつた。
 熟つと見て居たが遂に視界から消えながら
 だんだん小さくなつて行くこいしのやうに退いてしまつた。
 潮を鏤めた眞珠の一點とばかり、小さく、小さく、
 見えるとも、見えないともわからなくなつた。
 そしてそのかくされた秘密は全て眠つてしまつて、
 知つてゐるのは海の守神ばかりだが
 その守り神達も珊瑚の洞穴の中で身震ひをしながら
 浪にすら、その秘事かくしごとを敢て囁かうともしないのだ。

  ×  ×  ×  ×  ×


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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