2007年11月08日

『不信者』08/34

  遠々と、暗らく、青海原を掠めて
 延びてゆく岩々の影々が
 まいのおとと呼ばれる海賊の
 小艇のやうに漁夫の眼に顯つ。
 その海賊の輕舟を怖れて
 漁夫は道は近いのだが、怪訝いぶしい入江を避ける。
 仕事で疲れきつては居たし、
 捕つて積んだ魚が邪魔にはなつたが
 のろのろと、それでもぐひぐひ櫂を漕ぐ。
 やがて、もう心配の要らないレオン港の海岸の
 東洋の一夜に最も適はしい
 美しい灯がその漁夫を迎へる。


  馬衡はみと弛め、馬蹄つめを速めて
 眞Kな馬をとどろとどろと飛ばせるのは誰だ?
 疾驅する馬の蹄鐵の下に
 打てば鞭の、躍れば蹄の音に應へて
 洞穴に潜める反響こだまが周圍に起る。
 駒の側腹にすじを引く汗泡あせ
 大洋うみうしほの凝れるかと怪しまれる。
 疲れた浪は今は靜まつて立たないが、
 馬上の人の胸の中は少しも休まつてはゐない。
 そして明日の日の暴風あらし雨が脅かさうとも
 若き不信者よ、お前の心に較べたらずつと穩やかなのだ。
 私はお前を知らないし、お前の民族は嫌ひだ、
 だが、お前の顏には、時が強めもこそすれ
 消すことのないものを私は認める。
 若い蒼白い顏だが、その土氣色の前額は
 火のやうな情熱の鉾先に損はれてゐる。
 流れ星のやうにお前が走せ去つて行くとき
 その凶眼は地に向けられてゐるけれども、
 つらつらに觀て、お前は土耳古人達が避けるか
 殺すかどつちかしなければすまない人間だと思ふのだ。


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。