2007年11月04日

『不信者』04/34

 海賊の小艇は隱れるに都合のよい、下方の小灣に潜んで、
 通つて行く平和な船舶を窺つてゐると、
 やがて呑氣な水夫のギタの音が聞えて
 夕星ゆふつつの影がえ出す。
 すると海賊は漕ぐ艇の櫂の音を消して
 岩だらけの海岸を遠くまでのびる岩の影に隱れて
 夜歩るきの狼が餌食に襲ひかかり
 水夫の愉しい謠を唸り聲に變へてしまふ。
 不思議なことだ―場處を撰んで
 あらゆる色香と優美を混ぜて、恰も神の住家にと
 自然が定めて置いた樂園の中に
 そこに人間が、苦惱に愛着して
 それを傷つけて荒野に變へて了ふなんて。そうして、
 人間に一時間でも骨は折らせず、
 培養の手數をかけさせず、
 此の仙境の到るところに花は咲き匂つて
 人間の配慮を締め出しておきながら、初々しく口説くのは
 ただ痛めないで欲しいとだけなのに、その花を
 人間が野獸のやうに踏み躙るなんて。

 不思議なことだ、一方では凡て平和を保つてゐるのに
 激情は昂ぶるままに荒れ狂い、
 色欲と掠奪とが猛威を逞しくして
 この美しい國土くにに暗い影を投げるなんて。
 宛然まるで天人達を攻撃して、惡魔どもが勝をめ、
 解放された地獄の相續者が
 天國の玉座を占めて居坐はるやうなものだ。
 かうして歡喜の爲に造られたかうしたいみじき處場を
 滅ぼす亂暴者こそ罰あたりと言ふべきである。


posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 不信者 | 更新情報をチェックする
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