2010年03月26日

バイロン文界の大魔王 バイロン年譜

バイロン年譜

一七八八年。一月二十二日倫敦ホルレス町に生る

一七九〇―一七九一年。母と共にアバーヂーンに住す。

一七九二―一七九五年。アバーヂーン小学校に入る。

一七九六―一七九七年。ハイランドに移住す。メリーダッフ嬢を恋ふ。

一七九八年。貴族の爵を継ぐ。ニューステッドに移る。

一七九九年。作詩の萌芽。ロンドンに移る。ダルウィッチのグレンニー氏の生徒となる

一八〇〇―一八〇四年。マーガレット、パーカー嬢を恋ふ。詩を作る。ハーロウ小学校に送らる。チヨーヲース嬢を恋ふ。

一八〇五年。ケンブリッヂ大学に入る。

一八〇六年。詩集を印刷す。後之を焼き棄つ。

一八〇七年。『閑散漫詩』を出版す。ヲーズヲースの詩を批評す。

一八〇八年。『閑散漫詩』に対する諸評。印度旅行を準備す。『英国詩人及びスコットランド批評家』を出版せんとす。

一八〇九年。ニューステッドに有名なる人となる年齢に達す。貴族院に入る。此時彼殆ど友なし。英国出立を決心す。チャイルド、ハロルドの旅行を為す(リスボン、セウィール、カヂス、ジブラルター、マルタ、プレエサ、チッツァ、テバレーン等に到る)アラ、パシヤに面会す。アルバニアに在りし時『チヤイルド、ハロルド』を書き初む。アリチウム、エコポリス等に到る。トルコ軍艦にて難船して殆ど死せんとせり。アカルナニア及びエトリアよりモレアに至る。ミソロンギに達す。パトラス、ヴォスチョツア、パルナッソス山、デルヒ、レパント、テペス、シテロン山を見物す。クリスマス祭日アテーナイに達す。

一八一〇年。アテーナイの諸古跡を歴遊するに十日を費やす。スミルナに到る。エペソに至る。スミルナにて『チヤイルド、ハロルド』第二齣を書き終る。四月スミルナよりコンスタンチノープルに至る。トロアッドに至る。セストスよりアビドスに泳ぎ渡る。五月コンスタンチノープルに至る。六月ボスポルスより黒海に至る。七月コリンスに至る。八九月モレアに至り、アテーナイに帰る。

一八一一年。『ホーレス評訳』『ミネルヴァの咀ひ』を書く、英国に帰る。書肆マーレーを知る。母死す『チルザ』成る。トーマス、ムーアと交を初む。

一八一二年。二月二十七日初めて貴族院にて演説す。二月二十九日『チャイルド、ハロルド』第一第二齣を出版す。此書の版権をダラス氏に與ふ。『英国の詩人スコツトランドの批評家』は第五版に達せしも絶版に決心す。摂政に面会す。

一八一三年。『ワルツ』無名にて出づ。五月『不信者』を出版す。レー、ハントを知る(ムーアの紹介)。東洋旅行を準備す。アビシニア旅行を企つ。十二月『アビドスの新婦』を出版す。ミルバンク嬢に結婚を申込みて否まる。

一八一四年。一月『海賊』を出版す。四月『ナポレオンボナパルト沒落の詩』を書く。五月『ラゝ』を出版す。再びミルバンク嬢に申込みて承諾を得。十二月『ヒブリユー国風』出づ。

一八一五年。一月ミルバンク嬢に婚す。四月スコットを知る。財政大困難に迫る。七月『コリンス攻城』出づ。九月『パリシナ』を書く。

一八一六年。一月バイロン夫人離縁を決心す。三月『告別』『スケツチ』を書く。五月英国を出立す。ブルッセル及びワートルローを過ぎ、ヂオダッチに寓す。六月二十七日『チャイルド、ハロルド』第三齣を書き終る。六月二十八日『シヨンの囚人』を書く。七月『シエリダンの死』『夢』『暗黒』『オゝガスタに與ふる書』『チヤーチルの墓』『プロメテオス』『レーマン湖』『マンフレツド』の一部等を書く。九月ベルンのアルプスに旅行す。シエレーと交際す、十月イタリアに至る。マルチニー、シンプロン、ミラノ、ヴェロナを過ぎ、十一月ヴェネチアに住す。マリアンナ、セガチ事件。

一八一七年。二月『マンフレツド』を書き終る。四月フエラゝに至り、『タツソの悲哀』を書く。ローマに短時日の旅行を為す。ローマにて『マンフレツド』の第三齣の新なるものを書く。七月ヴェネチアにて『チャイルド、ハロルド』第四齣を書く。十月『ベッポ』を書く。

一八一八年。マルガリツタ、コグニ事件。七月『ヴェネチアの詩』を書く。十一月『マゼッパ』及び『ドン、フアン』第一齣を書く。

一八一九年。一月『ドン、フアン』第二齣を終る。四月ギッチョリ夫人と交際を始む。六月『ポー河短詩』、十二月『ドン、フアン』第三、第四齣を書く。ラヴェンナに移る。

一八二〇年。一月ギッチョリ夫人と同居す。二月『モルガンテ、マッジョーレ』を訳す。三月『ダーンテの預言』を書く。『リミニのフランセスカ』を訳す。四月より七月の間に『マリーノ、フアリエロ』を書く。十一月『ドン、フアン』第五齣を書き終る。

一八二一年。五月『サルダナパルス』を書く。七月『二人のフォスカリ』。九月『カイン』十月『天地』『審判の幻像』を書く。ピサに移る。

一八二二年。一月『エルネル』。七月『ドン、フアン』第六、第七、第八齣を書く。『醜人の美化』を書く。私生女アレグラ死す。九月ゼノアに移る。

一八二三年。一月『真鍮時代』、二月『ドン、フアン』の続きを書く。三月『征伐』なる叙事詩を書き始む。四月眼をグレシアに転ず。ロンドン、グレシア義会より委托を受く。五月グレシアに行くことを申出づ。金銭等必要品を此目的の爲めに捧ぐ。六月十四日グレシアに向けて出帆す。ケファロニアにてグレシア軍艦の来るを待つ。グレシア政府に書を與ふ。

一八二四年。一月五日ミソロンギの着す。『余が三十六年』を書く。レパントを襲撃せんと計画す。遠征軍の惣督に任ぜらる。スリオート人の擾乱。最後の疾病。

一八二四年。四月十八日午後六時死。

バイロン文界の大魔王終
ラベル:木村鷹太郎 年表
posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 文界の大魔王 | 更新情報をチェックする
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