2010年03月23日

バイロン文界の大魔王 第十七章07

人往々バイロンを評して不道徳なりと云ふ。
然り、バイロンは多くの婦女を愛したり、又た多くの婦女に愛されたり。之れ素より厳格なる道徳より云ふ時は不道徳なり。されども多くの婦女を愛し、多くの婦女に愛されたればとて、何故に、彼れに向て此くばかり激烈なる攻撃を加へざる可からざるか。男女の愛情は左程に重大なる悪なるか。情の事は関係極めて緻密のものなり。道理一律を以て論ずべきに非ず、其非常に悪結果を生ぜざる限りは寛容なる眼を以て之を見ざる可からざるなり。然るに偽善の社会は此点に向て殊に非常の厳格を用ゆ。寧ろ之れ嫉妬と云ふべきなり。
彼れ多くの婦女を愛し、又た多くの婦女に愛されたり。然りと雖、毫も柔弱化せしことなり、不正を行ひしことなし、賄賂を貪りしことなし、人を酷待せしことなし、正義を誤りしことなし、信を欠きしことなし、虚偽を言ひしことなし。然り、彼れや、多くの婦女を愛し、又た多くの婦女に愛されて而も堂々男子の勇気は人に優れり、其義侠や人に優れり、其判断や人に優れり。
其重大なる徳義に於ては、彼れ毫も其道を誤らざるなり。而して世間は其重きものを見ずして其軽きものを見、彼れの徳の大なるを徳とせずして、其小疵を大不徳なりとして攻撃す。何ぞ誤れるの甚しきや。
此くて社会は此大天才に向て攻撃の雨を降らし、自国より放逐し、他国にまでも追跡し、而して偉大なる事業に斃るゝに及びて初めて其敬すべき天與の大才なるを感ず。社会の愚と盲と、一に何ぞ此くの如きや。
世のバイロンを以て不道徳なりと云ふの輩、小道徳家等の批評に雷同することなく、直接にバイロンを研究し、若し彼れバイロンの女子の関係の外、真に所謂不道不義なるものあらば、正に堂々と之を指斥せよ、徒に雷同して人を判す。之れ士君子の為すべき所に非ず。且つ心ある人は却て此くの如きの輩を笑ふて云はん、曰く「彼れ醜夫なり、美人に愛せらるゝの姿格なきなり、彼れ男子らしき男子に非ず、故に美人に愛せられざるなり。己れ愛せられざるを以て嫉妬の情を以てバイロンを悪言し、中傷するのみ」と。男女の関係の如き決してバイロンを軽重する者に非ず。バイロンは餘り多くの当時の所謂文士なるものと交際せざりしなり。自ら其事を言ふて曰く『余は彼等を嫌ふに非ずと雖、彼等と会見して一言彼等の近作を称せし後は、何を言ふべきやを知らざればなり』と。之れ其阿譯[#諛?]追従を好まざるを示めす言たるなり。バイロンの最も親しく交はりたる、詩人は、スコット、ムーア、及びシェレー等なりき。



○バイロン如何ばかり不道徳
○女子を愛し女子に愛せらる 何かあらん
○バイロン正義を誤りしことなし
○世間の評の誤り
○バイロンは男子しき男子
○故に美人に愛せら
○バイロン所謂文士と多く交際せず
ラベル:木村鷹太郎
posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 文界の大魔王 | 更新情報をチェックする
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