2008年08月10日

『短編バイロン詩集』40さらば

  第四十、さらば

  (一)

さらばよ、汝ハーローの岡!そこは若き喜びの
我が額の上に薔薇の花を擴ぐる處、
そこは科學サイエンスの智識を授けんが爲め、
遊び好きなる各少年を尋ぬる處。
既往の哀樂の侶伴なる、
我が若き友よ敵よ、さらば、
我等は再びアイダの道を彷はず、
我は間もなく幽暗なる隱洞に行かざるべからず、
そこには日の光明を知らざる
長への眠につける數多の同居者住せるなり。

  (二)

さらばよ、汝等灰白の王廟リガルフエン
グランタ谷の汝等尖閣、
そこはK裝せし學問ラーニング及、
青色なる憂鬱メランコリーの管轄する處、
汝等歡樂の時の侶友、
カマの香Xたる端邊にある
聖典亭の汝等居住者、
さらば!記憶の尚我にある間は、
忘却オブリビオンの社殿の供献物なる
此等の光景を取消さゞるべからず。

  (三)

さらばよ、汝等國土の山岳、
そこは我が若き年月を過せし處、
そこはロクナガルの壯麗なる面影にて、
その巍峨たる山嶺を宿す處、
汝等北方の邦土よ、
我が少年時期は、虚榮兒と共に
何故に汝と別れて放浪せしぞや、
成はソザロンの一家を尋ねんがために
何故に山地ハイランドの住み馴れし我が岩窟、
陰沈なるマールの草原及ヂーの碧波を棄てしぞや。

  (四)

あゝ我が父祖の邸宅!長き/\別れぞ──
さはれ何故に汝に別るべきか、
汝の天井は我が弔鐘を反響し、
汝の堂塔は我が墳墓を臨むべし、
嘗て汝の亡落を歌ひし吶れる口舌、
及び汝の邸宅の既往の榮光は
その馴れし單純なる調を忘れぬ──
されど七絃琴ライルはその絃を保つ、
而して時にイオラスの羽翼に乘じて、
垂死の節調にて飄揚し得ん。

  (五)

彼方かなたの粗朴なる茅屋を圍む原野、
我は尚ほ此處を低徊し、
さらば!汝は尊き回顧を、
今も忘却せざるなり、
グリートの流!汝の漣々たる波に添ふて
我が若き四肢は、暖き日中に於て、
常々その軟弱なる行路を急ぎたりき、
尊敬を以て其岸より沈入するも、
活動の勢力を奪はれて再び
御身の泉源は、此等の四肢を洗はざるべし。

  (六)

而して尚ほ我が胸に最も近き、
其場處を我は忘るべきか、
岩石は興起して、感情の祝福せし、
地處の間に數多の河川は轉流す、
さはれマリー、あらゆる汝の美麗は、
戀愛ラブの嬌婉なる夢に於けるが如く鮮やかに、
微笑によりて我に現はれ見ゆるなり、
鈍き疾病の彼し餌食を、
衰頽の父なるデツスに棄つるまで、
汝の優しき面影は衰へ能はず。

  (七)

あゝ汝等が朋友!汝の温雅なる愛は
今尚ほ我が胸底の琴線に響くなり、
如何で微々たる言語の力は、
深厚なる汝の友情を示すに適せんや!
一度は感情フイリングの熱涙と共に閃きし、
戀愛ラブの純潔天眞ある寶玉なる、
汝の賜物を我が尚ほ胸奧に藏せり、
我等の精神は同一にして、我等の運命は
その貴重なる瞬間に全く忘れぬ、
願はくは傲慢プライドをして獨り罪せしめよ。

  (八)

あはれ今や、あらゆる事物皆暗K陰凄なり!
戀愛ラブの詐計より出づる何等の微笑も、
慣れし温熱を以て我血管を暖め得ず、
未來の名譽の希望さへ
我が弱き涸れたる體躯を覺起し
又は想像的なる花圈を我が頭に冠し得ず、
我が顏を塵埃に埋め、
而して死者と伍すべく──
我は一の短少不面目の人種なり。

  (九)

あゝ名譽フエム!汝我が心情の女神、
汝の賞賛を得し彼には、
榮光グロリの火焔に燒盡せられて、
幽鬼スペクトルの投矢も害をなさざるなり、
されど、地球より我を招くも、
我が名は不明にして我が生は現はれず、
我が生命は一の短き粗野なる夢なり、
魯鈍無智なる群集に埋沒して
我が希望は衣服の内に衰殘し、
我が運命は忘川レースの流なり。

  (十)

嘗て我が戲遊的なる足歩の踏みし、
今や我頭を横ふべき處なる、
芝生の下に我休息して、
此肉體に注意せざるとき、
夜々の空及び獨り風雨の候、
憫憐ピチーの賞酬は我が狹小なる、
寢床の上に露のしづくを濺ぐならん、
如何な人目も、知られぬ名を蔽ひし、
暗欝なる墳墓の幽處を、
涙を以てらさんとは願はざるべし。

  (十一)

不安なる我が靈、此世界を忘れよ、
向けよ、汝の思想を天に向けよ、
若しや過失許されなば、其處に
汝は汝の飛揚を忽ちに導かざるべからず、
迷執者と宗派に知られずに、
全智全能なる王位の下にひれ伏して、
汝の震へる祈祷を神に述べよ、
慈悲ある正しき彼は、
例令彼の卑賤な注意なりとて
塵世の罪の子を拒まざるべし。

  (十二)

あゝ光明ライトの父!我は御身を呼ぶ、
我精神、内は暗Kなり、
燕雀の斃るゝを知り得る御身は、
罪惡の死を遠ざけよ、
彷へる星辰を導き、
物質の戰を鎭め、
その上衣は迥か無涯の天空なる御身、
我が思想我が言語、我が罪惡を許せ、
而して我は直ちに人世を去らざるべからざる故に、
希くは如何に死すべきかを教へられよ。


短編バイロン詩集終



(一)「アイダ」は底本では「アイタ」。
(八)躯は「身+區」、第3水準1-92-42、軀。
(九)焔は「火+陷のつくり」、第3水準1-87-49、焰。
(十)「涙を」は底本では「涙をを」。
(十一)祷は「示+壽」、第3水準1-89-35、禱。
(十二)迥は「二点しんにょう+向」、第3水準1-92-55、逈、はるか。

底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』118〜124コマ


ラベル:THE ADIEU 児玉花外
posted by 天城麗 at 00:00| Comment(0) | 短編バイロン詩集 | 更新情報をチェックする
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