2010年03月01日

バイロン文界の大魔王 第十五章05

一千八百二十三年「ロンドン、グレシア義会」より、バイロンに、グレシア独立に助力せんことを委托せり。バイロン素よりグレシアを愛すと雖、当時の堕落の情状を見ては、多少失望の趣なきに非ざるなり。チヤイルド、ハロルドの旅行の時にもグレシア人を罵りて『世襲の奴隷』と云ひ、『自由の後裔なる奴隷と』と云ひたる如きありて、多少グレシア行きを躊躇したりと雖、グレシアは救はざる可からざるなり。又た其愛婦テレサ、ギッチョリと暫時別るゝは、甚だ悲しきことなりと雖、又た勝利して帰り来るとの希望なきに非ず。テレサも自ら共に軍に従はんとの意ありしと雖、男子に取りてすら困難なる事業なるを以て女性に向ては到底実行され得べきことに非ざるなり。
バイロン、グレシア独立義会の委托を承諾し、グレシアに到ることに決す。
出立するに望みブレツシントン伯及び夫人を訪問して告別す。時にバイロン曰く『吾等今ま此所に一處にありと雖、此後何時か再び相会することを得べきならん。我が胸中には一種の前徴の如きものありて、グレシアより再び此處に帰ることなかるべし』と、ソーファに倚りて潜然として泣けり。暫くしてバイロン漸く気を取り直ほして辞して帰へれり。
一千八百二十三年七月十五日の未明ピエトロ、ガンバ(ガンバ伯の子)。トレローネー。「ドクトル」ブルーノ。「キャピテン」スコット及び其他八人の僕と共に、百二十「トン」の両扼船「ハーキュールス」号に搭じてゼノア港を解纜す。搭載する所は十分是等の人々の必要を充たすに足るの武器、弾薬、西班牙の一万弗、為替券の四万弗及び一千人の一年間に必要の薬品等なり。而てガンバ伯、トレローネー、及びバイロン自己の兜併せて三領を作る、而して自己の兜には頭飾を施したり。ゲーテ全幅の同情を以て詩を以てバイロンの出陣を祝福す。バイロン大に喜び、散文を以て謝辞を述べ以て之に答へ、若し事終えて帰る時には、ワイマーに至りてゲーテに面会すべしと云ひ送れり。



○ロンドン、グレシア義会バイロンに委託す
○バイロン、グレシア人を悲観す
○情婦テレサ従軍の意あり
○ブレツシントン夫人に訣別す
○ゼノア解纜
○ゲーテ、バイロンの従軍を送る

ワイマー
⇒ヴァイマル、ワイマール(Weimar)。
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2010年03月02日

バイロン文界の大魔王 第十五章06

ゼノアを出帆してより風波悪しく、五日にして、レゴールンに着す。弾薬及び必要品其他未だ準備なきものを此所にて搭載し、七月二十四日此港を解纜して十日の後、ケファロニア島に着す。然るにグレシア人等の計画する所十分ならず、バイロン爲めに空しくケファロニアに滞在すること五ヶ月。其間数々グレシア人の堕落を云ひ此くの如くにして、此堕落より再び興起せしめんには容易の事に非ずとなせり。之れが爲めに自己の名は、グレシアの必要なる又た永遠の利益と結合して存すること能はざるを感ぜり。然りと雖、グレシアは救はざる可からず、たとひ自己を其進路の犠牲に供するとも厭ふ所に非ず、これ止むを得ざるなり。波若し岸辺に打ち上げて其達すべき点に至るまでは、多くの波は中途にして破れ砕けざるを得ざるが如きなり、「我」とは何ぞや、曰く「若し一点の火光にして、価値あらんには、そを後代に消えしめずして、持続するにあるなり」と。此くの如きはバイロンのグレシアに尽くさんとする感情なり。一方には人民の堕落に失望し、又た一方には犠牲の精神を以て尽くす。其精神や偉なりと云ふべし。
バイロン、イタリアを思ふなきこと能はず、書をギッチョリ夫人に送りて曰く『吾等尚ほケファロニアにあり、余はグレシア義会より委任されたる事を完うせば、イタリアに帰るべし。願くば心静かに快活にあれ。事若し終へば吾等イタリアに帰り吾等、殊にピエトロ(ギッチョリ夫人の兄弟)の冒険談等を為すを楽しみとなせり。航海及び旅行中の奇聞珍談多しと雖、暫時にして、吾等おん身に再会する時を期し、笑ひ語らんが爲めに、報道は之れを後日に取り置くべし』と。



○バイロンの犠牲的精神
○ギツチヨリ夫人に送りし書状
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2010年03月03日

バイロン文界の大魔王 第十五章07

グレシアは独立せんとせり。然りと雖其内情は紛々乱々秩序なく統一なし。バイロン政府に忠告して曰く『若しグレシア人にして、能く秩序と統一とを保つに非ずんば、決して何事をも成すこと能はざるべし。若し自ら内部をすら統治すること能はざらんには、グレシアに敵意を有せざる諸外国は来りて、内政に干渉し、グレシア人の希望を水泡に帰せしむるに至るべし』と。
アレキサンドル、マウロコルダート公は真実なる愛国者なり。バイロン書を與へて曰く『大佐スタンホープ、ロンドンより来る、我と共に動かんとするなり。グレシアの運命は今や三途を撰ばざる可からず。一は則ち勝にあり、二は則ち欧洲列国の命令に従ふにあり、三は則ちトルコの属国となるにあり。内部の分裂は此内後の二者に行くの道なり』と。
バイロン尚ほケファロニアに滞まる。人々速かにメソロンギに来らんことを待ち望めり。マウロコルダート公書を以てバイロンを促がして曰く『余は如何に閣下の速かに来らんことを望めるやは、今此處に云ふを要せず。閣下の来着は人皆待ち望めり。閣下の忠告は神托の如く聴かるべし』と。大佐スタンホープ氏も亦ミソロンギより書を送りて曰く『閣下を迎へんとして送りたる船は帰り来れり。人々閣下の未だ来られざりしに失望せり。マウロコルダート公は非常に憂慮し、水師提督は憂欝し、水兵は怨言せり。余は今夕市街を歩行せしに、人皆余に問ふて曰く、バイロン卿は如何になりしと。』スタンホープ又たロンドン義会に宛てたる書に曰く『人皆バイロン卿の到着を待つこと、宛も「メシヤゝ」(救世主)を待つが如し』と。
人々の此くバイロンを待つの非常なるは、素より種々の理由ありしと雖、彼等の最も急を感ずるは軍需金なり。これバイロン寄與を約束したるに由る。彼等此金を得て、軍艦水兵等に支払はんとするなり。独立軍の窮状見るべきなり。
ケファロニアにあること五ヶ月、此間に於ても、バイロンの行為は見事なるものにして、ケファロニア人は勿論、其地にある英国人、グレシア人、其他如何なる人と雖、彼れに接せし人は、バイロンの一挙一動皆尊敬の念を以て語らざるなく、其恩恵を施したる、其判断の明晰なる、皆人の感ずる所たりしなり。
彼れ又た貧困なるものある時は之に恵與し、単に一時之を救助するのみに非ずして、或者の如きには毎月定額の恩給を約束して與へたることあり。



○バイロン、グレシア政府に民心統一を勧告す
○マウロコルダート公に忠告書を送る
○バイロンの言は神託の如し
○人々バイロンの到着を待つ
○バイロン大に尊敬せらる
○バイロンの慈恵
タグ:木村鷹太郎
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2010年03月04日

バイロン文界の大魔王 第十五章08

バイロンのミソロンギに向つて出発を遅延せしは。グレシア軍の内情の十分に知れざるものあると、又た目的地の十分確定せざりしとに由りしなり。
バイロンはミスチコ号に搭じ、ガンバ伯は乗馬及び重量の軍需品を積める大船ポンバルダ号に搭じツァンテ島に寄港して金銭及び必要品を積み込み、十二月二十九日の夕、ミソロンギに向て出帆す。
翌朝未明バイロンの船は前面に一大船を認めたり、其距離「ピストル」弾の及ぶ所にあり。初めはグレシアの軍艦なりと思ひしも、彼トルコの軍艦なるを知り、計を以て其注意を避けて遁るゝことを得たり。然るにガンバ伯の乗り込める船は、之をグレシアの軍艦なりとして歓声を発したるより、端なくも其捕獲する所となり、トルコ海軍指令部のある所のパトラスに引き行かる。尋問の後免されて一月四日ミソロンギに着す。
然るにバイロンの乗れる船は風波に逢ひて中途の島陰に錠泊して天気を待ち、漸く四日の夜晩く、ミソロンギに着せしと雖、翌朝上陸することゝなせり。
ミソロンギにては今や海陸軍とも餓え且つ疲れ居るなり。而してバイロンの到着は知られたり。彼等実に救世主の天降りたるが如く歓びたり。ミソロンギの全人民は濱に出でゝバイロンを歓迎せんとして群集す。堡壘よりは発砲して其来着を祝せり。全軍隊及び朝野の名士は、マウロコルダート公を頭として、バイロンの上陸を迎ふ。バイロン人民の歓声、種々の音楽、及び砲兵の祝砲の響の中を導かれて、其準備せられたる館に至る。ガンバ伯時の状を云ふて曰く、『吾人は此光景を観て、感極まりて落涙を禁ぜざりき』と。
バイロン八日間海路種々の困難を経来れり。到着せば聊か息ふ所あらんとせり。然るに此地の人民全躰の、彼を依頼せるを見ては、又た一身を思ふの念なきなり。



○辛じてバイロンの船敵艦の捕獲を免る
○ミソロンギに着す
○救世主の天降りの如し
○大歓迎
○人々の大依頼
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2010年03月05日

バイロン文界の大魔王 第十五章09

バイロン上陸して何をか見たる。陸海軍共將に饑えんとせり。到る所に不和不穏の情あり。十四隻の軍艦はミソロンギの援助に来り、トルコ軍艦の倍数に抗抵し居たるも、其給料を與へざるより、九隻は失望してハイドラに帰り去り、残る五隻も不平を以て艦を捨てゝ今や陸に上りて怨言せるのみ。此地の住人は却て其防護者の爲めに掠奪せられて苦しみ。当時西部グレシア独立軍を組織せんとして会合せる議会は不統一を以て紛乱して其結果あるなく、マウロコルダート公の率ゐる五千の兵士の如きすら給養十分ならず、水夫等よりも一層の窮乏の状態にありて、命令行はれず紛争容易に生ずるの勢なり。
バイロンのミソロンギに上陸したる時は、ミソロンギは実に此くの如きの状態にありしなり。
グレシアを救はんとの精神や已に高尚なり、貴重なり。而してバイロン単に精神を以てグレシアを救ふに止まらず、又た金銭を以てグレシアを援けたり。実に此時グレシアは一切の事物に窮乏の時にして、独立政府の金庫は空乏にして、バイロンの所持せる金銭を頼みとせるなり。バイロン自己の信用を以て能ふ限り軍費を募集し、以てグレシアの軍需を充たせり。又たグレシア政府が外債を英国に募らんとするに当ても、其成功は全くバイロンの名の信用に由りしものなり。彼れ実に詩人たるのみに非ず、大将たるのみに非ず、又た大藏大臣の位置にありたり。グレシア内情の不和乱離は素より種々の原因ありしと雖、其内大なるものは実に財政の困窮にありしなり。其大なる所を授けたるのバイロンは、又たグレシアに取りては至大なる恩人たるなり。バイロン私費を以てスリオーテの傭兵に一年間の給料三千弗を前金にて払ひ、又た政府の兵士其他にも、私費を投じて諸払を為し、尚ほ必要あるに於ては、私債を募りて其急に応ぜんとせり。若しバイロンにして金銭を以てグレシアを援助するに非ずん西方グレシア政府は瓦解し了りたるのみ。



○バイロン上陸してグレシア軍の饑難に驚く
○バイロン精神のみならず、又た金銭を以てグレシアを助く
○バイロン私費を以てグレシア政府の諸払を為す
タグ:木村鷹太郎
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