2010年02月01日

バイロン文界の大魔王 第十三章05

イタリアは南国なり、気候温和にして其美は豊艶なり。美は万物に散在して穹蒼光輝あり。風景明媚にして、人々は身躰皮膚を表はし。情、又た之を撓むることも無し。又たグレシア及びトルコ等の女室には、多くの美女は、種々の気候より持ち来たされたる花の如く、紅白色を競ひ、皆な若かやかなる愛情を以て胸を充たせるあり。実にこれ南国の美なり。
而して美は美ならざること能はず。「ピユリタン」的厳格と雖も、決して其美の美なることを禁ずる能はず。チゝアノの画く所は、裸躰なるを以て吾人は之を罪するか。吾人は問はん、吾人々生をして、真に価値あらしむる所のものは、果して何ぞや。美及び高尚なる感情を得んが爲めには非ざるか。嗚呼此自然の美は如何にして之を拒むを得んや。



○イタリアは暖気の国
○風物美なり
○花は紅白咲き乱る
○男女は愛を以て胸を充たせり
○美は美ならざる能はず
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2010年02月02日

バイロン文界の大魔王 第十三章06

道徳は一に非ず、我国以外、別に種々の、道徳あり。吾人の規則は狭隘にして偏見圧制なり。人間と謂ふ所の植物は、啻に雪中にのみ生育するものに非ずして、南方風物温暖なる地にありても、又た能く美果を結ぶものなり。何ぞ必しも一気候一地方の一道徳を以て律すべけんや。
此の如く、此等の地方に於ては、既婚の婦人情夫を有し、若き男女自由に愛情を交換す。茲に於てか儀式的英人等は、此處ぞ己等の信條及び儀式を応用すべき格好の所となさん。実に|見事《みこと》なる道徳家なりと謂ふ可し。汝此南方温和なる花の前に立ち汝の手に有せる所の汝の社会に善とせる花の標本を取り、之に比較して以て南方の花を雑草なりとし、直に苅て爐中に投すべしとなす、─誤謬なるかな。
南方と北方と其道徳を異にせること大抵此の如し。これバイロンの実見せる所なり。バイロン初めチャイルド、ハロルドとなりて欧洲の山川湖水を友となし、アルプスの巍然たるを崇拝し、ラインの岸辺には想の露を残し、クラレスの山には深く其美を感じたり。然るに此の如き自然界に対するの感情は次第に薄らぎ去り、人世を経験して人間の如何なるものなるやを知れり、人間果して、道徳家等の云ふが如き、高尚なる性質に富めるものなるや、人生果して粛厳真面目のものなるや。否々、人間の一生を観察するに多くは時日を遊惰、睡眠、|欠伸《あくび》等に消費し、馬の如くに働き、猿の如くに遊ぶなり。チャイルド、ハロルドの如きは人世の正路に非ず。バイロン自ら云ふて曰く『ドン、フアンは真に真なり、余はチャイルド、ハロルドたりしよりも、ドン、フアンに生活せしこと其時多し。殊に女子は感情の装飾なきを嫌ふものなり』と。バイロン又た瞬間を除くの外、全く自ら動物となれりと云へり。其神経、其血液、其天性、及び其境遇、是等は人間の心意及び行動を導くものにして、みな必然の下にあり。必然は人間を鞭打して以て行為に進ましむ。


○植物は土地に由つて異れり
○道徳も然り
○人生は厳粛まじめのものに非ず
ラベル:木村鷹太郎
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2010年02月03日

バイロン文界の大魔王 第十三章07

バイロン人性の弱気を指拆し、道徳力の微弱なることを云ひ、以て道徳界の真相を明かにし、世の偽善者を嘲笑して、之を目醒まさんとし、『パリシナ』、『ベッポ』『ドン、フアン』等を詩とせり、殊に『ドン、フアン』の長篇は実に此主旨の最も明かにせられたるものたるなり。篇中ドンナ、フリアと謂へる婦人あり、人の妻にして貞操あり、其意志又た貞操ならんとせり。美少年ドン、フアンと交はり漸く艶情起る。されども貞操ならんとする婦人にしあれば、意志を以て情欲を制圧し、以後此の少年と交はること無からんとせり。然るに又た心の中に謂へらく『苟も貞操堅固の婦人たらんと欲せば、能く誘惑に抵抗して、以て貞操堅固なるを保つに非れば不可なり、いざ我貞操の力を試みん』と。此く決して以前の如く美少年と交はれり。此に於てバイロン徳義の力の微弱なるを笑ひ、偽善者等を狼狽せしめんとして、殆と反語を嘲弄して此く言はんとせるものゝ如し、『見よ社会の畏れ、神の観念、或は義務の思想等に基きて構成したる論法に由て、其徳義の目的を確乎たらしむる程有力なるもの他に有ることなし。何物か此の決心を動かし得るものぞ、─只だ一事を除くの外、其一事とは何ぞや。或る六月の月影明かなるの夜、密室内に於て、両人のさし向ひこれなりと。』



○『ドン、フアン』篇中のドンナ、マリア女の姦通
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2010年02月04日

バイロン文界の大魔王 第十三章08

嗚呼此間何事か行られたる。バイロン曰く、『知らず。只神之を知る』と。人間とは此の如きものなるか。人性の組織も見来れば実に脆きものなるかな。道徳の権威、宗教の制裁、其力某して幾何かある、思へば人世は滑稽的のものなる哉。道理は如何に高尚なりと雖、人性組織の脆弱なるを如何にせん。万物必然の下にあり人間の意志亦然らざらんや。故に一旦道徳の道に進むと雖、他の方角に向はざるを得ざらしむる所の事情(心理学者は之を動機と云ふ)来るに於ては、吾人之を如何ともするなし。且つ人の欲情は、其人の健康の状情に関するものにして。虚弱の人は概して欲情少しと雖、血気強盛なる人に在ては、欲情破烈せん計りの勢あり。殊に色情と健康との如きは、密接なる関係を有すとなす。此にバイロン道徳を言はんとする人に、一の注意を與へて曰く、
『人躰に在て健康は愉快なるものにして、之れ真に恋愛の実質なり。健康と遊惰とは、情欲の火焔を熾ならしむる油なり、又た硝薬なり。セレス(健康の神)及びバックス(酒神)無きときは、ヴェヌス(愛の女神)も吾等を攻撃すること能はず。』(フアン一の一六九)
『恋愛も亦吾人身躰の血液の如く、其栄養無きときは生存すること能はざるなり。セレスは食を供し、バックスは酒を注ぎ、或は「シェリー」を與ふ。鶏卵及び蠣等は又た色情的の食物なり』(フアン一の一七〇)
と。食物と情欲との関係此の如し。若し又た気候び[#及び?]温度の点より云ふとも、此等の大に、情欲に関係あるを知るなり。バイロン曰く
『人或は断食し或は祈祷すと雖、肉躰は弱くして精神之を如何ともすること能はず。人間は艶事と称し、諸神は姦淫と称するものは、多く気候の温暖なる国に行はる。』(フアン一の六三)
故に南方温暖の地に生れたる人、及び其れに相当せる熱情的の人と、北方的冷淡なる人物とは、自から其徳義を異にすべし。今ま若し北方的の眼光を以て、南方的の道徳を見るときは、彼れ南方の情態を以て、直に以て不道徳となさん。而して北方的の人は自然に道徳の名称を取ることを得ん。此に於てバイロン嘲弄的に北方人を羨やみて曰く
『道徳的北地の人々は幸なるかな。其處には人皆道徳なるのみ。』(フアン、一の六四)
と。一箇人に於ても亦国民に於ても、気候及び風土等種々の事情に由て人皆な其躰質を異にし、従て又た欲情の張力、及び幸福の理想を異にす。而して其幸福理想は、能く道徳と合躰し、其欲情の張力は、調和適度に生れし人は幸なるかな。



○人性は弱し
○情欲と健康
○酒、鶏卵、及び蠣
○姦淫と気候
○南方道徳と北方道徳
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2010年02月05日

バイロン文界の大魔王 第十三章09

然りと雖も人間の欲情は必しも常に道徳と合するものに非ず。幸福と道徳とは又た必しも一致するものに非ず。之れバイロンの常に実際に知れる所にして、ドン、フアン。パリシナ。及びベッポ等の行為は、之を証明して餘りありとす。『ドン、フアン』中にハイヂーと云へる少女と、ドンフアンと云へる少年とは、決して道徳的男女の関係には非りき、然るに彼等
『不道徳に於て幸福なりき』(フアン三の一三)
パリシナも亦た不義の関係に於て
『罪ある喜悦』(パリシナ三)
を味ひたり。
茲に於て吾人は一種懐疑の情無きを得ず。─道徳果して真価あるや。道徳と快楽との関係如何ん。今若年男女の関係に就きては此處に云はず。既婚婦人の不貞なるは人称して不徳の大なるものとなす。バイロン亦之を知る、『曰く我れ不貞を嫌ひ、之を擯斥し之を悪む。貞操堅固なる愛情、これ我が常に喜ぶ所』と。されども彼れ不貞の哲理を説明せんとして進て曰く
『されども昨夜仮装会に於て、一箇の美婦人を見たり、而て我心中一種の情起る。』(フアン二の二〇九)
嗚呼これ罪なるかな。耶蘇曰く、『女を見て、色情を起すものは心中既に姦淫を行ひたるなり』と。然りバイロンよく其道理を知れり、故に此の情起りしときを謂て曰く、
『哲学直に来りて我耳にさゝやきて曰く、「汝神聖なる婚縁の結縄あることを思へ」と。余曰く「余之を思ふ、されども彼の女の白き歯鳴呼其の眼の美しきを如何にせん。彼の女は人の妻なるや或は処女なるや、我れ之を知らんことを欲す─只だ好奇心のみ」。哲学曰く「黙せ」。余其言の如く黙したり。されども不貞と云ふものゝ如何なるものなるやを思はん……。』
不貞は悪なり、然りと雖、不貞の性質如何ん。



○道徳と幸福は必しも一致せず
○不道徳の幸福
○不貞の哲理
○耶蘇の姦淫説
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