2009年12月01日

バイロン文界の大魔王 第七章06

バイロン艱難及び悲哀の事に遭遇する毎に必ず其姉レー夫人を懐ひ起せり。常に曰く『英国の地平線上に輝く一点の光輝はたゞ彼女の愛情あるのみ。我れ過つ時は彼女益々我を憐れみて忠告す』と。甞て其の姉に與へたる詩に曰く
『我運命は転変し、我愛は遙かに去り、憎悪の矢は迅速に集まり来るの際に於て、汝は唯一の希望の星にして、決して永久に光を失ふことなし』
と。又た常に人に語て曰く、レー夫人はバイロンを呼びて "Baby Byron"(べービー、バイロン即ちバイロンぼつちやん)と云へりと。
バイロン当時南アメリカに移住せんと企て其地理に就て調査する所ありたり。其意別に深き意味あるに非ず、只だ独立して気楽に生活せんとするにあるのみ。然るに此事単に企図にとゞまりて止みたり。
アメリカの軍艦に招待され、歓待され、又たウエスト氏に自己の肖像を書かしめしは此時なり。



○姉レー夫人を懐ふ
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2009年12月02日

バイロン文界の大魔王 第七章07

バイロン英国を駆り出され、英国を憤るの心ありと雖、英国は尚ほ故国なり、怨慕の情なき能はず、又た若し能ふべくんば英国人心を改良進歩せしめんとの意あり。茲に一種の望みを起し、自ら文学世界の首魁となり、文学界の大革命を行ふの発動者となり、イタリアより英国の人心を支配する事、猶ほボルテールが外国に在てフランスに為したるが如くせんと欲し、レー、ハントの助けに由り、月刊雑誌『リベラル』を発行す。然るに茲に一大不幸こそ起りたれ、即ちシェレーの変死是れなり。シェレー常に舟遊を好む。一日レゴールンより小舟に乗り、一友と舟子と共にピサに帰らんとして、スペツチア湾に来りし頃、一陣の暴風吹き来て舟を覆へし、三人共に溺死せり。翌々日シェレーの死躰海辺に打上げられ、土地の法律に従て火葬せり。バイロン遺灰をローマなる新教の墓地に|埋《オサ》む。嗚呼シェレーは当時有為活溌の詩人にして、英国人民の偽善因循を攻撃し、真率、誠実、燃ゆるが如きの感情を以て、高尚有力にして美麗なる精神を歌ひ、其哲理及び其感情を以て、共にバイロンを提携し、バイロンを吹鼓したるに、今や不幸にして夭死す、悲ひかな。バイロン爲めに慟哭す。而して曰く『世界は悪しゝ。彼は死せり。世は彼を誤解す。彼等の如きは現在の哲学及び圧制を打破るに必要なり。援剣せよ、戦はざる可からず』と。雑誌『リベラル』も漸く一二箇月を支へしと雖も、種々の災厄の爲め、遂に廃刊するに至れり。



○シエレーの変死
○バイロン社会を憤る
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2009年12月03日

バイロン文界の大魔王 第七章08

バイロン又たピサに帰りしと雖も巡査の迫害に由てゼノアに移りガンバ伯と同一の家に住す。此家は政治運動上安全なるものなり。バイロン一時ギッチョリ夫人の忠告に由て中止し居たりし『ドン、フアン』の稿を継続し、六巻より一六巻に至れり。されども遂に完結に至らざりき。『ドン、フアン』は元来諷刺的のものにして英国人の偽善を攻撃するにあり。其拠りし所の材料は、イスパニア古代の人物ドン、フアン(英語読みにてはドン、ジュアンとす)を主人公とせるものなり。ドン、フアンは十六歳の美少年なり。他人の妻ドンナ、フリア(二十二歳)と云へる美人に愛せられ、遂に大破裂を来し、外国に旅行して其恥辱を避けんとし。途に難船して海に漂ひ、辛くも泳いで一小島に上り、海賊の女たる美麗なるハイデーに助けられて無邪気の愛を尽くし居たるが、ハイデーの父の知る所となり、売られて奴隷となり。女装してトルコの妻妾室の中に起臥し、其中の女と異しき行をなし。事発露して遁れてロシヤの軍隊に入り、時の女王エカテリナ二世の寵幸を得、人々より其勢力を羨まれ、英国に使ひして滞在せるの時、他家園中の花に情の露をそゝぎたるなどの事あり。バイロン其伝を叙して一六巻に至る、已に非常の長編の詩なりと雖、未だ完結せるに非ざるなり。而して此詩、格言名句夥しく、人生の問題に就きて審理を語れる事実に吾人の意表に出づ。バイロンの性質多く此書に表はる。『フアン』はバイロン其の人なりと云ふ可し。余甞て人の爲めに『ドン、フアン』第一齣百九十二節より百九十七節までを訳す、即ちこれドン、フアンのイスパニアを出立せんとする時、其情婦ドンナ、フリアより與へたる送別の書状なり。左に記せるもの即ちこれなり。



○『ドン、フアン』
○此詩の性質
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2009年12月04日

バイロン文界の大魔王 第七章09

『一筆しめしまゐらせ候。ほのかに承り候へば、あなた様には愈々御出立に定まり申候由、まづは宜しきことゝ存じまゐらせ候。されども妾に取りては軽からざる苦しきことにて候。此後妾事、決しておん前さまの|若《わか》やかなる御情を被ることは叶ひ申さず。たゞ妾の心は|犠牲《いけにへ》に供せしものと存じまゐらせ候。妾の用ゐ候術は、たゞ一意に熱心におん前様を愛し申しゝことに候ひしなり。此の手紙は人目をぬすみて走り書き致し候ものに御坐候へば、若し紙面によごれたる所も御座候ふともそは外目に見ゆる如き意味のものには御座なく候。妾の眼は燃えて熱し居り候へば、涙と申すものは、少しも無之候。

妾のおん前様を御愛し申す此愛情は、国も、位置も、天も人も、亦妾自身の身分をも失はせて、而も少しも惜しと思ひ申さず。過ぎにし夢の思ひ出は、まことに得がたく貴く覚え申し候。自ら誇るには無之候へども、若し妾自らの罪を申し上ぐるとならば、妾自ら其身を判決するよりも厳しく判決し得る者は無之候。妾の心は、|得安《えやす》み申さず候故、此手紙を認め申候。妾は自ら怨みも致さず、また要むることも御座なく候。

男子の愛情と、其生命とは別物に御座候へども、女子の愛情なるものは、女子の全生命に御座候。されば男子の御方は、或は朝廷に、或は戦場に、或は寺院に、或は海上に、或は商業に─或は剣、或は衣冠、或は苦痛或は名誉─是等は其交換として自慢、名誉、及び大望等の念を生じ、以て男子の胸を充たすを得べく、誰しもこれに洩るゝ者はなかるべしと存候。此くの如く男子は凡て是等のものを持ち得ることに候へども、我等女の身に在りては、たゞ一つ、再び愛することあるのみに候。されども再び愛することはもはや叶ひ申さず候。

おん前さまには、此後とてもいと楽しく、多くの婦人に愛されつ、また愛しつゝあらせらるべけれども、妾は是等のことは、此世にありての望みは全く絶えはて、たゞ此後数年と云ふものは、我身の耻と悲しみとを自らの心の奥深く隠くしおくことのみに御座候。これ尚ほ堪へ得らるゝことに御座候へども、なほ棄て去り難きは以前の如く猛り狂ふ情緒に御座候。されども、今は別れを告げ申さん。妾をゆるし、なほ此後も愛し玉へかし。あゝ、否々此言葉は今は益なき言葉なるぞまことにくやしく存候。然し、儘に御座候。

妾は実にふがひなく弱く候ひしが、今もなほ其如くに御座候。されども尚ほ放散せる妾の心を集め得べしと信じ居申候。妾の血は、なほ妾の心を定めたる所に突き進み申すことは、宛も風吹く方に浪の激して進むが如くに御座候。まことに女の未練さに、只だおん前さまの姿のみ、寝てもさめても忘るゝこと能はず、たゞ恋にこがれ居申候。たとへば如何に磁石を振り動かすとも、其針はなほ北極を指せるが如く、如何に狂ひ候ふとも、妾の、これと定めしおん人さまに、妾のなつかしき切なる情は指し向ひ申候。

妾は、此上、もはや申し上ぐべきことは無之候へども、いまだに此手紙を封ずることをためらひ申候。妾は、為すべきことは、為し申すべく、妾の受くべき不幸は未だ十分に御座なく候。若し悲しみが妾を殺し呉れ候ひしならんには、妾は今までながらへ居らざりしなるべきに、好みて死なんとする者は、『死』は嫌ひて避け申候。されば惜からぬ|生命《いのち》をも此の最終の御別れの言葉の後までもながらへて、玉の緒絶ゆる時まで、なほおん前さまを恋ひ、おん前さまの爲めを祈らねばならぬぞ是非もなき次第に御座候。先取り急ぎあら/\かしこ。』


○ドンナ、フリアの艶書

『ドン・ジュアン』第一巻192節〜197節
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2009年12月05日

バイロン文界の大魔王 第七章10

此書の性質大抵右の如し。爲めに攻撃八方より起り、サウゼーは恐るべき嘲弄と猥褻との結合なりと評し、(前に記せり)『ブリチシュ、マガジン』は『彼の貴族たる品位を落すものなり』と云ひ『ロンドン雑誌』は『堕落の諷刺』と称し、『ブラックウード雑誌』は『人性の善良なる情を蹂躙す』と云ひ、ジェフレーは『道徳の実在を破壊するものなり』と云へり。
然りと雖も、之れバイロンが世間に観たる見解にして、社会及び人性の此くの如きを如何にせん。彼れ敢て此くあれと云ふに非ず、事実此くありき、又た此くあるを云へるなり。スコット真情より此詩を称美して曰く『「ドン、フアン」はシェキスピーアの如く多趣なり。「チヤイルド、ハロルド」及び其他バイロンの以前の最美の著作なりとも、此詩中に散在せるが如きの美あることなし』と。シェレーは曰く『余は一新體を以て時勢に関することを詩とせんとせり、而して彼れ之を為す、而も其美たるや思ひに超へたり』と。ゲーテは素よりバイロンびいきの人なり、其『ドン、フアン』は最も賞美する所なり。而して独逸人は多く『ドン、フアン』を好む。否々単に独逸人のみに非ず、フランス人テインが如何に此書を称揚せるやを見よ、曰く
『バイロンは赤裸の真理を明示し、人をして人間の最醜なる部分をも知らしめんとせり。人生は空なるのみ。学術は不完全なり。宗教は儀式以外果して何物かある。人は詩を以て神聖なるものとなすと雖、バイロンに取ては神聖に非ずして宛も蔽衣の如し。ハイデーの真情の最も真面目に感ずべき時に於てすら、彼れ尚ほ滑稽を交ふ。初めはフアウストなり、後にはメフィストフェレスなり。其温和なる真情を表はす時にも、或は殺戮の悲惨なる場合にも、尚ほよく諧謔の言を為す。而て「ミユーズ」を笑ひ。「ペガソス」を嘲り、万物を笑ひ去りて何をか残す。只彼一人此破滅中に立て自己の記憶、忿怒、嗜好及び持論を語るのみ。彼の詩は想像豊富にして花を感情及び思想に咲かせ。悲哀、喜楽、高尚、卑陋等相推し相交りて存す。彼れ今神聖なることを談ずるかとすれば、忽然一転滑稽雑談等に移り、而も其円滑なるを以て吾人其の機転する所を知らず、吾人の心は只だ彼と共に知らず識らずに飛び行くなり。彼れ此の才智を有し、新鮮なる智識、観念及び想像を地平線の八方より集聚す、吾人は其奇抜軽快なるに恍惚とし、際限あるを知らざるなり』と。言を極め、文を尽して称揚讃美せり。



○『ドン、フアン』に対する八方よりの攻撃
○スコットは之れを頌美す
○ゲーテも称美す
○テインも称美す
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