2009年11月01日

バイロン文界の大魔王 第五章01

第二編 外国に於けるバイロン
 第五章 スウィッツル及びヴェネチアに於けるバイロン

バイロンの、英国の社会より被りたる迫害は実に甚し。彼れは此の一年の短時日間に家政上有らゆる不運を経來れり。其火爐の辺は八九回までも法律を以て汚され、たゞ貴族たる特権の保護に由りて、辛うじて獄に投ぜらるゝことを免れたり。バイロンの妻は愛情を彼れより取り去りて、彼を見棄てたり、而して世界は彼を有罪として社会より破門し、又た何事をも為す可からざらしめたり。彼若し感覚痴鈍にして鉄面皮の人物ならんには、毫も社会の嘲罵の如きは之を感ずることなく、又た其激烈なる攻撃の矢も、其顔面より鈍りて墜つべしと雖、彼れは世間が賞讃したる所を鋭敏に感ずると等しく、又た其攻撃をも深く感じたり。
此く精神上、物質上、一切の困難苦痛に囲繞せれるゝに於ては、普通の、自慢自足に由りて漸く自ら慰むるの輩は、必ずや此に挫屈して起つこと能はざるべしと雖、彼れバイロンに在ては然らざるなり。彼れの心意には力ありて存す、外部苦痛の圧迫甚きに従て、内部よりの反動抵抗は又た大なるなり。
嘲笑罵詈の暴風雨は、彼の上に加へられたり。卑しむべき中傷※[#「飮のへん+纔のつくり」、饞]構は至る所、彼の名の上に積まれたり、而してバイロンをして、他に出づるの方法なく、たゞ彼れの自有せる所の勢力を以て、是等一切の困難に面し、少時に発したるよりも、尚ほ一層大憺なる、且つ高尚なる勇気を発せざるを得ざらしめたり。



○迫害と貧乏
○一層の大胆
ラベル:木村鷹太郎
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2009年11月02日

バイロン文界の大魔王 第五章02

ゲーテ、バイロンを謂ふて曰く、バイロンは『苦痛のジニアス(天才)に由つて吹皷せられたる者なり』と。然り彼れの一生は、始より終に至る迄苦悶の経過にして、而も其辛苦の内より新鮮なる元気を再発し来るなり。実に彼れ不具に生れたり、少年時代の愛情は失望に終りたり、其始めて世間に出づるや朋友あるなく、文学上の初陣には容赦なく攻撃を受けたり、是等は一として試練に非ざるなく、苦痛に非ざるなし。而して是等に由りて彼れの偉大なる精神は引き出されたり。
此くて彼れの一生は種々の煩悶と、困難とを以て過ごされたり。若し四周の光景にして、餘りに単調平易なるに於ては、彼れの想像は彼を駆りて荊棘の上に其胸を横へしむるが如きの挙動に出でしむ。
是等種々の困難試練の内、其最も大なるは彼れの結婚と其結果となり、若し此困難苦痛なきに於ては、此大天才の全幅は、恐くは世界に知られずに残りしならん。
彼れ家政の困難の切迫し來れる時に於ても、尚ほ平然として『コリンス城攻撃』及び『パリシナ』を著はせるが如き、実に其心力を示めすものなり。
彼れの気力や艱難に逢ひて益々強く、其の意志や蟠根錯節に会ふて益々利堅なり。彼れ云ふて曰く『煩悶及び抗争に面するに当てや、我が精神は愈々興起するなり』と彼の精神や決して圧伏すべからず。彼れ今や英国より追放の如き身の上となれりと雖、彼の心は却て興起して、凛然たる勇気は其心中に謂へらく、今に見よ、必ず此かる不浄なる黒雲を照破して、彼に向けられたる懲戒は、以て変じて驚歎となし、彼を貶する輩をして、必ず称讃の辞を発せざるを得ざらしめんと。



○バイロンの一生は試練なり
○バイロンは茨の上に胸を横ふる的の人
○『今に見よ』の気象
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2009年11月03日

バイロン文界の大魔王 第五章03

一千八百十六年四月二十五日、バイロン、英国を出発してオステンドに上陸し、非常に誇栄豪奢の旅行を企てたり。随行するものは従僕、スウィッツル人ベルケル、フレッチャー、ラシュトン、医師ポリドリ、其他用達及び扈従等にして、到らんとする所はスウィッツル、フランダース、イタリア、及びフランス等なり。
ブルッセルに至り、ナポレオンが乗用したる車に擬して寝室、書室、食堂及び婢僕室等を有する荘大なる馬車を作り、之に乗りて旅行せり。
其従行者の多数と云ひ、其馬車の美と云ひ、共に莫大の費用を要するものなるが、バイロンは、此大金は何れより得来りたるや、今に至るまでも知られざるなり。ニューステッドの彼れの邸宅の売却は、此後二年なれば、是れよりも此大金は之れを得たるに非ざるなり。
バイロンの以前に旅行したる時は、専ら海に由り、イスパニアよりマルタ、ナポリ及びグレシア等なりしが、今回の漫遊はブルッセルより始めてワートルローに至り、此に彼の荘大なる乗車を廃して他の軽便なる車に代へ、それよりラインに出で、遂にゼネバに至れり。暫く此に滞在しド、スタエル夫人及びシェレーに逢ふ。バイロンのシェレーに会見したるは之を以て初めとなす。両人常に船を湖水に浮べて遊び楽しむ。



○豪奢の旅行
○壮大なる乗車
○其費用の出所
○ゼネバ
○ドスタエル夫人
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2009年11月04日

バイロン文界の大魔王 第五章04

バイロン、スウィッツルに来りて暫時にしてクレアモント嬢に通じ、(一千八百十七年二月)私生児アレグラを生む。クレアモント嬢はシェレーの親縁のものにしてシェレーと同居せし婦人なり。
バイロン又た旅行を始む。彼れ当時種々の原因に由て身躰の和を失し、精神爲めに沈欝し高尚なるアルプス山を観ると雖、彼の心は高尚を感ぜざるなり。自ら謂て曰く『我性自然を愛す、然りと雖憂欝の情去ること能はず、牧羊者の笛声も、雪崩の墜落する|凄《すさま》しき響も、水流も氷河も、森林も雲漢も、一として瞬時たりとも我心情の重きを軽くすることを得ず。又た自ら天地の壮厳なること、強勢なること、及び我が上下左右の光栄美観に恍惚して自我を脱出忘却することも能はざるなり』と。彼の当時の不平幽欝想ふ可きなり。会々降雨して外出する事能はず、旅宿の閉居二日の間に『シロンの囚人』を書けり。
此編は兄弟間の愛情を写せるものにして、温和悲痛真に迫れり。兄弟三人─其父及び他の三人の兄弟は皆な既に或は戦死し、或は信仰の爲に焚殺せられ、残るは今ま此の三人の兄弟のみ。暗黒にして、微かに日光さし入る獄中に投ぜられ、隔離せる柱に縛せらる。故に互に其死を見合ふのみにして又た如何ともする事なし。初めに中間の弟死す。残れる兄弟、獄人に嘆願するに、せめてもの事に日光照らす所に埋めん事を以てせり。然るに獄人の無情なる、冷淡に嘲笑し去て顧みず。屍躰を目前に横へ、苔無き土を薄く蔽ひたるのみにして、彼を繋ぎたる鉄鎖は其屍躰の上に懸れり。次に父の最も寵愛したる、又た母の|面《おも》ざしある美くしき最も幼き弟は、日に益々凋み行き、花の如きの容貌も今は次第に色を失ひ、|虹《にぢ》の色の消え去る如し。往て之れを|労《いた》はらんと欲すれども如何んせん、身は鉄鎖を以て縛せらるゝの悲さよ。只だ弟の絶へ入る呻吟の声を聞き、悲哀なる有様を眼前に傍観するのみにして、詮術更に有る事無く、助を呼ぶとも人影だにも来る無し、──嗚呼これ絶望の極に非ずや──可愛き幼弟は眼前に死につゝあるなり、如何にせん。力の限りに跳躍突進すれば、鉄鎖漸く断絶せり。されども万事終れり。弟の手を取れば其の冷き事土の如し。兄爲めに知覚を失ひ思念も茲に止みたり──との事を写す。悲哀切痛真に我身の如き思ひあらしむ。悲哀文学の上乗なるものに非ずや。人之を読みて涙なき事能はざるべく、又た其兄弟の豪毅なるを感嘆せずんばあらざるべし。



○クレアモント嬢と私通し、女アレグラを生む
○当時バイロン心中の憂鬱
○『シロンの囚人』
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2009年11月05日

バイロン文界の大魔王 第五章05

『チャイルド、ハロルド』第三齣及び『タッソの悲しみ』は此時に成りしものなり。
十月の初めに至り、バイロン、ホッブハウスと共にアルプス地方を後にして、イタリアに向つて発足し、ミラノに至り、法王の美麗なる娘に※[#「髟/兵」、第3水準1-94-27、鬂]髪を得て、自ら「カーヂナル」(君牧師)なりせば彼女と共に幸福なりしならんと思へり。ヴェロナに至りジュリエットのならんと伝ふる墓の花岡石をかぎ取りて之を英国なる其女アダ及び姪等に送り與へたり。ロマを過ぎりてトールワルドセンに自己の半身像を作らしめたり。時に彼れ、バイロンを評して「サタン」(悪魔)の如き容貌なりと詰りたり。これ憂欝悲哀の相あるを以てなり。



○『チヤイルド、ハロルド』第三、第四成る
○ミラノ及びヴェロナ
○トールワルドセン、バイロンを悪魔的容貌と云ふ
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