(一)
あゝ!戀愛は尚ほ決して、
苦悶、悲哀、疑惑なき能はざりし、
そは不斷の嘆息を以て我が心を苦しめ、
尚ほ晝夜は光なく淋しく轉ずるなり。
(二)
我が悲哀を慰むる一人の友なく、
我は、我は寧ろ無情の風に打たれて死せんことを欲す。
戀愛の箭矢を有するは我能く之を知る、
あゝ!されどそは餘りに深く毒附けられたり。
(三)
小鳥よ、戀愛の屡御身の來る處に置きし、
網を尚ほ自由に避けよ然らずは、
彼の不幸なる熱火に圍はれて、
御身の胸は燒け御身の望は絶え果てん。
(四)
我も甞ては樂しき幾年の春、
自在なる羽翼を有する小鳥なりき。
されど悲しや巧みなる羅網に捕はれて、
我は燒けて今や力なく此處に羽ばたきす。
(五)
戀せしことなき人、空に戀せし人は、
情なき拒絶、蔑しむ目眸、
怒れる戀愛の一瞥に宿る閃めき等の、
苦悶を感じ得ず又憐れみ得ず。
(六)
諂ひがちなる夢に、我は御身を戀人と思ひぬ、
されど今や望と望める彼は衰へたり、
融くる石臘の如く、凋む花の如く、
我は我が情念と御身の勢力を感ず。
(七)
我が生命の光!その笑なき唇と目は、
あゝ何故の變化ぞや、
戀愛の我が小鳥!我が美しき友!
御身は變わりしが而して厭ひ得るや。
(八)
我が目は冬の流の如く冷かに溢る、
如何なる薄命の人が我と悲哀を變へんと欲するぞ
我が小鳥!憐れと思はれよ、只だ一曲の歌は、
御身の戀人に生命を與ふる魔力を有するぞよ。
(九)
流れぬ我が血潮と、狂へる我が心とを、
沈默の悲痛の中に我は僅かに支ふ、
而して我が胸は破れつあるに、尚ほ御身の胸は、
些の苦悶もなく喜び躍るなり。
(十)
あゝ御身、恐れず激毒を我に注げ!
御身は今よりも劇しく我を虐殺し能はず、
我は我が生日を呪はんが爲めに生きぬ、
而して戀愛は斯くも殺害を延べ得るなり。
(十一)
痛痕を負ひし我が心、血潮滴る我が胸、
忍耐は汝に慰安を與へ得るか、
あゝ/\!餘りに遲し、我は其喜びの
悲哀の先驅なるを熟知せり。
(※屡は「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢、しばしば)
底本:
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『バイロン詩集』59コマ〜